『読書感想文の所感#1』

〜読書感想文の意義〜

話を広げる術を身につけるべく、『読書感想文の所感』という連載をしてみたい。『読書感想文』という学生の敵を入り口として、毎回異なるテーマについて書いてみる、というただそれだけであり、言っていることの脈絡の無さ、説得力の無さ、文章力の無さは今まで通り。どうか泥舟に乗ったつもりでいて欲しい。

さて、第一回なので、まずは『読書感想文』に堂々と真正面から当たっていこう。テーマは『読書感想文の意義』である。小中高生の夏休み課題として、書いたことがない人は居ないのではないか、と思えるほどメジャーな『読書感想文』。こいつはどうも面倒である。なぜなら、
①数多ある中から本を選び
②その本を読み
③心に思ったことを文章に起こし
④それを原稿用紙3〜5枚分に膨らませ
⑤手書きで完成させる
必要があるからだ。しかし、これほど面倒な課題でありながら、何故か夏休み課題リストからリストラされないのである。ということは、やはり『読書感想文』にはそれなりの意義があるはずなのである。

その意義というのは、いわば読書感想文を書かせる口実でもあって、何人かの先生に聞いてみてもおそらく皆少しずつ違うことを答えるはずである。ただし、ほとんどの先生が答える口実は、おおよそ先程示した手順①〜⑤で分類することができると思う。
例えば、『自分のお気に入りの作家を見つけてほしい』とか『様々なジャンルの文章に触れてほしい』という類は①を通して満たすことができる。同様に、『本を読んでほしい』というのは②で達成できる。
私が個人的に考える読書感想文の意義は、③と④を通して達成できる。その意義とは『長くまとめる技術を身につけること』だ。

近年、私生活の中で長い文章は嫌われる傾向にある。つぶやきは140字までだし、ネットニュース等の記事には、そこに書かれる内容が一文で分かる『見出し』がついている。また、特にこの傾向が顕著に出ている例が、俗に言う『若者語』である。めちゃくちゃいい雰囲気なんだけど、長い言葉で説明するのは面倒、だからこその『エモい』であり、少しだけ悲しい感じがするけど、そこまで直接的あるいは冗長に表したい訳ではない、だからこその『ぴえん』なのである。(この話において、『ぴえん超えてぱおん』とかいう言葉は一旦知らないものとしよう)

何はともあれ、普段使いの言葉や意思表示は、短く、簡潔なことが求められる。ところが、仕事をする上ではそうは行かない。取引先とのメールに『昨日のパーティー対あり!社長さんの出し物マジエモすぎて笑いましたwww』とか書くのは自殺行為だし、プレゼンで『この商品、先月より売り上げ減っててぴえん』とか言った暁には首が飛ぶ。仕事の付き合いや公式の場では、長く、丁寧な文章が求められることが少なくない。読書感想文を通してその練習をしよう、というのが、僕が考える口実である。本を読んで、「なんかすごいな」って思ったとしたら、この7文字を、なんとかして2000文字に膨らますのである。

⑤について触れていないが、それはまた別の機会に。