【掌編】 『おちゃのこ』

「ダージリ〜ン!ムギ!」
息子が朝から、こればかり言う。何を言っているかは分かるのに、何を言っているのかが分からない。たまらず筆談を試みたのだが、息子はその時こんなことを書いたのだ。
『朝起きたら、お茶の名前しか口に出せなくなった。何を言おうとしても、一番語感が近いお茶の名前になるか、音が出ないかで、喋れない』
なるほど、わからん。どうしてお茶の名前なら喋れるのか。訳が分からない。でも、ただ適当にお茶の名前を言っているわけではなく、語感が近い言葉が使われているということは、息子の発言にはなにかしら意味があるということだ。ためしに、「ダージリン、ムギ」は、何と言っているのか、と聞いてみると、文字で、『だりぃ!無理!って言ってる』と返ってきた。
「まあ、ちょっとよくわかんないから、ほっとくね」
「マテ、マテ」
……ん?
「あれ、今『待て』って言った?」
「マテ、イエモン!」
……ん?
「え、何、お茶の種類だけじゃなくて、商品名でもいけるの?」
「イエモン!」
「ちなみに、それはなんて言ってるの?書いてよ」
『言えるもん!って言おうとしたら、イエモンになった』
「へー、なかなか都合のいい変換のされ方するもんだね」
「ウーロン」
「ウーロン茶のウーロンか。なに、それは相槌的なやつ?」
「セイロン」
「正論?正しいってこと?」
「ウーロン」
「なんだ、お茶だけでも結構バリエーションあるんだね」
「アールグレイ」
「なんて?」
『「ある」って言おうとすると、どうしてもグレイがついてくる』
「なるほど。そういうこともできるのね。じゃあ、このままでもかなり喋れるんじゃない?500単語くらいはお茶で補えたりして」
「お~いお!」
「そっか、500は流石に多いか」
「ウーロン」
「なんか、ウーロンの利便性高いね。やっぱり相槌ってすごいわ。ってか、好きに喋れないのって不便じゃない?治るの?それ」
「カモミール」
「カモミール……。『かも』って言おうとすると、ミールがついてきちゃうんだね」
「ウーロン」
「またウーロンだし……。はあ、ちょっと笑ったら熱くなってきちゃった。窓開けるね」
「アッ寒」