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サビしさ

9月某日
僕は駅に向かって歩く
かつて毎日歩いていた見慣れまくった景色
とか思った矢先このマンションの駐車場ってこんな綺麗だったっけってなって
さらには見たことのない店の看板まで目に入ってきた
素晴らしいどうかこの調子で
僕の眼と脳裏に焼きついている薄汚れた街の記憶を
利便さと清潔感で淘汰していってほしい

板に貼られた選挙ポスター
でかい顔とでかい名前が書かれている
それを見るたび「結局お前は何をしたいんだ」と訊きたくなる
でもその質問は巡り巡って自分に飛んでくるような気がして
そうなったら僕は打ち返せないで見逃すのだろうかなんて思いながら
特別斬新でもない思考のバッティングは三振に終わりそうだ

道端
窪んだ穴に昨夜にでも降った雨が溜まっている
そこに全身を漬け込んだ元ホットスナックを包む紙
色が褪せているのか濃くなっているのかも分からない
ただぐったりとしてそこにいる
なんならこっちを少し見ている
顔が濡れて力が出ないなんて
ヒーローぶってんじゃねぇよ黙ってろ
なんて左脳では嘲笑いながらもその宣伝効果は絶大で
そこのコンビニ行こうよって右脳が
もうNOとも言えず思考と共に
足の向きを変えてしまうんだ

前方から襲ってくるのは
始業式帰りの黄色い帽子団
あぁこの街にはまだこんなにも子供がいたのか
こんな世界さっさと消えてしまえばいいのにと思う傍ら
なんとなくホッとしているんだ
天邪鬼な僕を怪訝そうに見ながら足早にお母さんとお昼ご飯に会いにいく子供の方が
僕なんかよりもずっとこの世界に必要だ

お尻すら見ることもできなかったけれど
どうやら乗りたかった電車は1分前に去ったらしい
今から14分
特にやることもなくベンチに座って指を動かしている
昔は15分の休み時間なんてあったら
真っ白な自由帳を取り出してわけもなく迷路を書いていた気がする
やっぱり作る方が楽しいよな
過去の自分の背後に僕がいたら
きっと迷路の途中にいくつも平仮名を書き込んで
一問の超大作クイズでも作るんだよ

ちょっと値段が張る中華料理屋で一番気に入った料理は
辛い麻婆豆腐でも八角の効いた担々麺でもなく一番庶民的な味がする茄子とひき肉の炒め物だった
なんだ僕はこの程度の人間かと思ったけれど
僕より3倍くらい長く生きたおばあちゃんも同じものを好きだと言ってくれたから
なんだか安心したりしたっちゅうか

LINEで送られてきた演劇サークルの写真
今公演で一番偉い人が一番おかしな格好をしている
楽しそうで良かったなって思う
楽しいと思えていない自分は行儀が悪いなって思う
そういえば去年の暮れから借りっぱなしの4冊の本は残念ながらまだ合わせて50ページも読んでいないよ
この夏に頑張って返せたらなって思う
返せない僕は行儀が悪いなって思う
2041円の残高を残して改札を出る
2041年の僕はどうしているだろうか

人生が一つの曲だとしたら
多分何回かサビが来るんだけど
それなら僕のサビはいつなのか
なんかもう一曲分のサビは聴いてしまった気がする
それとも僕の耳が錆びきってしまったのだろうか
サビ入りの寿司も食えないのに
まだ寂しいことは言いたくない