【掌編】 デマ屋

 ある国に、自らを『デマ屋』と名乗る男がいた。その男は赤い帽子を被り、駅前の小さな広場にある、小さなベンチに深く座っていた。そこへ、一人の青年がやってきた。

「すいません。嘘ください」
青年がそう言うと、男は
「もちろんいいよ。どんな嘘がいいんだい?」
と、赤い帽子がよく似合う明るい声で答えた。
「えっと、友人に使う用だから、出来るだけ日常的なのがいいです」
「値段はどれくらいがいいんだい?」
「それが……。僕、こうやって嘘を買うのが初めてで、その、相場が分かっていない、といいますか……」
しどろもどろとする青年にも、男はその声色を変えなかった。
「な〜んだ、そういうことか。そうだね、嘘って言ってもピンからキリまで色々だよ。いいのは1万円くらいはするし、安いのだと500円あれば2つは買えるさ」
青年は興味深そうに頷き、
「じゃあ、とりあえず2000円くらいのにします」
と、男の顔を少し見つめながら言った。男が、
「おっけー。ちょっと待ってねー」
と言い、足元にあるカバンの中を探り始めたのを見て、青年はほっと胸を撫で下ろす。
「うーんと、じゃあこんなのはどうかな?『自販機で飲み物を買う時、つめた〜いのドリンクでも、ボタンを押すときに10秒長押しすると、あたたか〜い状態で出てくる』とか」
青年は少し楽しそうな顔をしたが、すぐにその顔に曇りが見えた。
「面白い嘘ですけど、なんというか、もしそれを聞いた友達が、本当にあったか〜いモノを飲みたくなったときに、がっかりさせちゃいそうというか……」
「なるほどね。じゃあ、『500円玉も1000円札も使える両替機で、500円玉を入れるべきところに100円玉を10枚入れると、1000円札になって出てくる』とかは?」
青年はしばし考えた後、ニヤリと口角を上げた。
「それにします」
「了解!ありがとうございます〜。んじゃ、諸々書類書くんで、ちょっとだけ待っててね。2000円の準備でもしといてよ」



その少し後、40代くらいのおじさんが、男のもとにやってきた。
「お、嘘の館のふーちゃんじゃん。久しぶりだね」
男が声をかけるも、
「あぁ、久しぶりだ」
と、おじさんは元気がなさそうに答えた。
「おいおいどうしたんだい、そんなに暗い声で」
「聞くか?道の向かいにできたでっかい店のせいで、ウチの売り上げがガタ落ちって話」
「あぁ、聞かないでも分かるさ。道に向かいにできたでっかい店のせいで、ふーちゃんの店の売り上げがガタ落ちって話だろ?」
「そうなんだよ。どうすりゃいいと思う?」
「そうだなー。店のデカさで負けるんだったら、それ以外で勝負するしかないよなー。値段とか」
「でも、もうこっちは限界ギリギリまで安くしてんだよ?それでもなお漫画や小説は一冊2万円で、アニメは1話3万円、映画に至っては20万円なんだ。全く、政府のやり方にはほとほと愛想が尽きたよ。嘘とフィクションの違いを解っちゃいない」
「嘘等規制法な。ま、俺みたいなやつはそれのおかげで安泰だけどな」
「いいよな。赤い帽子は」
おじさんは、羨ましそうに赤い帽子を見た。
「いやいや、結構大変なんだぜ?赤い帽子を貰うのって」
「知ってるよ。マルバツの問題を200問全部正解して初めて合格なんだろ?」
「そう。嘘と真の見分けがつく人だーって、馬鹿みたいだよな。っていうか、お前も青い帽子持ってんだろ?」
「まぁね、青だから他人の作った嘘しか売れないけどね」
「それでも十分儲かるだろうよ」
「道の向かいにでっかい店ができる前はね」
おじさんは深いため息をついた。
「しょうがないな。力を貸してやるよ」
「力を貸すって言ったって、どうする気だよ」
「簡単だ。道の向かいにできたでっかい店が、今週末に全品50%オフの特大セールをやるってデマを流すんだよ。そうすりゃ向こうの店の信頼はガタ落ち」
「なるほどな。でも、そんなのすぐにバレやしないか?」
「大丈夫。向こうのHPの管理者権限をこっそり拝借して、投稿した情報をふーちゃんがスクショなりなんなりして、SNSかなんかで回せばいいんだよ」
「赤い帽子って、そんなこともできんだな」
「嘘のためならね」
「悪い顔してやがる」
「こんな話しながら良い顔する能天気なやつがいるかよ」
「それもそうだな。それで、結局いくら出せば良い?」
「んーまぁ、いつも世話になってるし、2万でどうだ?」
「おいおい、寧ろ2万でいいのかよ」
「チップならありがたく受け取るよ」
「成功したらたんまり渡すさ」
「毎度あり。じゃあちょっと時間かかるから、でき次第ふーちゃんの店行くわ」
「ありがとな」


そのまた少し後、スーツ姿の男が、赤い帽子のもとにやってきた。
「おい、お前、こんなところで何をしている?駅前広場での商業活動は禁止だぞ」
「え、でも私、随分前に駅長さんの許可を得ましたけど」
「それは前の駅長の話だろ?今の駅長は私だ。駅前広場での商業活動は今月から禁止になっている」
「そうだったんですか。それは失礼しました。ごめんなさい、すぐに出て行きますので」
赤い帽子の男は小さなベンチから腰を上げ、そそくさと広場の外に出た。
男の背中が見えなくなってから、スーツ姿の男は小さなベンチに深く座り、持っていたカバンの中から、赤い帽子を取り出した。