悲しみのゴンドラII La lugubre gondola II (テルミン)
リストの晩年の曲です。 多くの人がリストに抱く高度な演奏技術を要する煌びやかなピアノ曲とは印象が全く違って、削ぎ落とされて深く暗く、調性もなくなりかけて無調音楽に向かっていきます。
1883年の2月、ヴェネツィアに旅行中だったワーグナーが、リストの娘でワグナーの妻だったコジマに看取られてパラッツォ・ヴェンドラミン・カレルギで亡くなりました。 この曲はリストがその少し前に彼に招かれてパラッツォ・ヴェンドラミン・カレルギに滞在したときに書かれた、ワグナーの死を予感した作品とも言