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春や昔の

「恋は季節だ」と言い切るあなたに、ああ、やっぱり似た者同士だな、と思った。

Episode 4. March, 2019

長らくお互いの都合の良さを都合良く消費しあってきたわたしたちはいま、偶然にか必然にか、お互いの寂しさの質がいつになく近しいところにあることをお互いに自覚している。けれど物理的に距離を広げることをわたしは選んでしまったから、あなたの感情の最大瞬間風速に、もうあっさりと飛び乗れない。

あなたが触れないわたしなどないのと同じだと誰かが歌っていた。だから、あなたにとってのわたしに価値がなくなってゆく日々と、わたしにとってのあなたに価値がなくなっていく日々を、これからきっと経験するのだろう、などと、ぼんやりと考えている。時間と距離をおいて、それでも感情を変容させずにいられるような関係性を、わたしはあなたと築いてこれただろうかと己に問い直したとき、首を縦に振れるほど独りよがりではない。感情が移ろいゆくものであることは、誰よりもわたしたち自身が知っている。

身体の距離や言葉の距離がどれほど近くなろうとも、それがすなわち心の距離の近さを意味するわけではないとお互い認識していたはずなのに、いつの間にか心まで随分と近いところに来てしまっていた。今、物理的な距離が近かったころよりも濃密に言葉が積み重なっていくのが、いいことなのかわるいことなのか判らない。思考回路の舐め合いは傷の舐め合いよりたちが悪いけれど、思考回路をなぞられるのは身体をなぞられるよりも快感だ。

相手に伝えるべき言語表現を絞り出せなくなった夜更け、あなたもわたしもこのごろ、「好き」という言葉に何かを仮託しすぎている気がする。流れ去りゆく季節のように茫洋と、ただうつくしいだけの言葉。

ベッドの上でのわたしの「好き」にさしたる意味がないのと同じように、酔ったあなたの「好き」にきっと深い意味などない。だから、素面に戻ったわたしたちは、「あのときの自分の言葉に意味などない」「あのときの相手の言葉に意味などない」を殊更に言語化して確認しあう。とても馬鹿馬鹿しくて、くだらなくて、臆病で、卑怯で、怠惰で、たいせつな儀式。

あなたが零す「好きだ」に、意味を見出したくない。そんなものに縋ったら、生きていけなくなってしまう。綺麗な遊びが好きなわたしであることを知っているあなたは、「ここから先はお前の望まないフェーズだよ」と笑うし、ときに「潮時だよ」と吐き捨てる優しささえも持ち合わせている。それらを優しさだと認識してしまう自分にはさすがに笑いも出ない。救いのないものが好きな人間には救いがない。

わたしがどんな人間かをあなたが知悉してしまったのと同じように、あなたがどんな人間かなどわたしにだって分かってしまっている。誰かの待つ家に帰らなかった男が、わたしの待つところに帰ってくる道理などない。愛してほしいと口からこぼれそうになるけれど、愛されたところでお察しだ。たとえあなたがわたしを格上げしたとしても、いつかまた新しい「わたし」がわたしを泣かせるだけだ。

***

けれど、酔って管を巻きながら眠ってしまったあなたに打つ、「酔って管を巻きながら眠ってしまうあなたのことも、結構好きです」というメッセージを、愛だと呼びたくなるのは間違っているのだろうか。わたしにぐだぐだと甘えた夜が明けた朝、「酔ってた」と言い訳めいた言葉を寄越すあなたを、とても可愛いと思ってしまうのは錯覚なのだろうか。友人に、「いろいろあってわりと傷ついてるのに綺麗に強がりつづけるあの人のことを、ときどきとても愛しいと思うあたりわたしもヤキが回っている」と言ったら、「いや、きみはそこは昔からブレてない」と言われて笑ってしまった。そうかもね、ありがとう。

わたしに向ける熱の裏に、わたしとの時間で埋まらない喪失があることは知っているし、それを埋めることも、埋めたいと願うことすらもできないのを知っている。何も願えないし誓えないから、ただ、寂しい男の寂しさを舐めている。愛おしむように、愛おしむように。ただの自己満足だけれど、わたしがあなたのほうを向いているということだけで、すこし意味があったりする夜もあるかもしれない。

上滑りな慰めを聞き流されても、それでもいい。強引な男の柔らかい部分に気づいてしまったら、わたしはもうそこから目を背けることなどできないのだ。あなたの捨て鉢からも、悲壮からも、諦念からも、強がりからも。

けれど、自分を顧みたとき、癒してくれる人に癒されきったらいつも飽きてしまったから、もしもあなたがわたしで癒えるとしたらこわい。ずっと癒えずに傷み続けていてくれれば飽きられないだろうか、などと酷いことを考えてしまいそうになるから、もしもあなたがわたしで癒えるとしたらこわい。

たくさんの夜の中にひとりで耐えられない夜もあることはわたしだって知っている。けれど、ひとりで人生を生きていくということは、そんなにも怖く寂しいことなのだろうか。あなたがこんなにもわたしを求めるくらい、怖く寂しいことなのだろうか。「ひとりで生きていけそうな女を、ほんとうにひとりで生きていける女だと思わないでいてくれる男がいい男だ」説を信奉してきたけれど、「ひとりで生きていけないという男の戯言にどこまで取り合うべきか」という命題に向き合うに際して、「ひとりで生きていけそうな男を、ほんとうにひとりで生きていける男だと思うべきかどうか」という命題に直面してしまった気もする。ままならない。誰も彼もをわたしの手で幸せにすることはできないのだなあと思う。傲慢な話だ。

***

わたしとの最後の朝、あなたが誰かに打ったメールがちらりと見えてしまったから、何かよりわたしといる時間を選んでくれたのだな、と己惚れている。いつかその何かのために頼られるなら、その分全力で応えよう、とあのとき誓ったのだ。だから、その埋め合わせであろう会食のお店を相談されたときには必要以上に念入りにリサーチをしてしまった。いい女ぶりたいわたしは馬鹿っぽいなあとひっそり自嘲していたら、「お前はいい女だよ」と見透かされたような返信が来て、ああ、このひとはこういうひとだったなあ、と思った。

あなたがほかの女性と時間を過ごすことに、胸が騒がないわけではない。それでも、あなたの寂しい夜が一夜減るならば、いくらでもそのすべを考えようと思うのだ。あなたはやっぱりどこかで正しく父親であるので、あなたの胸の中には、そうやって寂しい夜を共にする誰かよりももっとたいせつな相手がいて、あなたがその相手のことをちゃんと愛しているということがわたしの捻れた部分を救ってきたし、きっとこれからも救いつづける。

わたしはあなたの一番ではない。あなたはわたしの一番ではない。でも今たぶんお互いに、たいせつだとかいとおしいだとか、そういう言葉で相手を形容することに一抹の意味を見出したくなってしまっている。「子供を産みたくないのは、わたしが一番でなくなることに耐えられないから」とわたしが幼い駄々を垂れ流したら、間髪を入れずに「はじめから一番じゃないんだからさ」と容赦なく刺してくるような、あなたの期待させなさが好きだった。

「一番ではない」と言語化された日、わたしは、寂しかった。でもそれと同時に、いちばん大事なものを見失わないでいてくれてありがとうとも思った。「お前が見ているのは残滓だよ」とあなたはいみじくも言語化したけれど、わたしだってもう残滓のような人間なのだ。優しいわけでもないし、気を遣っているわけでもない。ただ、わたしの言葉があなたを傷つけることに耐えられないだけだ。あなたの言葉が時折わたしを酷く刺したとしても。

あなたは器用だから、ときに極めて綺麗にわたしを弄ぶ。あなたに自己開示しすぎたわたしはもう、それに抗うすべをさほど多く持たない。女扱いのあとの子供扱いはずるい。いい女だと賞賛するより、「いい子だ」と頭を撫でる方がほんとうはわたしに響くことを、あなたはもう知ってしまっている。けれど、「ずるい」と言ってしまってから気づく。わたしだって、弱ったあなたがさらにわたしへ流れるような罠を、出会ってからの2年でたくさん仕掛けてきたことを。

恋が季節だとしたらいつかまた巡ってくるのだろうか、などと思ったけれど、やっぱり、春や昔の春ならぬ、だろうか。あなたがわたしを必要としなくなる季節と、わたしがあなたを必要としなくなる季節と、どちらが先に来るのかと、考えても無駄なことをときどき考える。けれど、いちばん寂しかったころわたしは、誰でもいいから抱いて眠ってと血を吐くように叫びながらも、ひとはきっと他者で満ちなどしないのだと心のどこかで分かっていたし、今もやっぱり、人を救いうるのは己だけだと思いながらこの町にいる。季節は否応なく移ろってゆく。

***

あなたの腕の中にいるときだけ、安心を得ていたことを思い出す。寂しくて泣いていたら、目尻に唇を寄せて「泣くなよ」と囁かれたことを思い出す。「お前は心を許すとすぐ泣くもんな」と言われたけれど、それを分かってくれているならもうそれだけでいいと思った夜のことを思い出す。寂しいと思ってしまった瞬間、今も反射的に脳裏に浮かぶのはあなただ。

寂しいときに脳内で反芻すればするほどに、記憶は美化される。夜中に目が冴えてしまって背中に抱きついたら、寝ぼけながら抱き返してくれるあなたが隣にいたことがどれだけ幸せなことだったか。都合のいいキスを落として背を向けてもいい。眠るときは背中合わせでいい。でも手を伸ばしたら届くところにいてほしい。あなたはちゃんと明け方手を伸ばしてくれたから。

それでも、寄り添っていたいと思う寂しい夜、もう隣にいられない。あなたが夜を持て余すとき、もう隣にいられない。あなたはいつもわたしの涙を拭ってくれたのに、わたしはもうあなたに触れられない。ずっと来たかった場所に身を置くことであの日々とは違う滑らかさを得た肌に、触れてくれるあなたは隣にいない。「そばにいればいいのに」とあなたが軽率に零すから、体温はもう遠いけれど、わたしの残り香が今日もあなたを包めばいい。せめて同じ寂しさを感じていればいい。そして早く、「寂しい」という言葉の似合わない季節になればいい。今夜も、月が綺麗です。

***

月やあらぬ春や昔の春ならぬ わが身ひとつはもとの身にして

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