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舐めたい背中

肌が汗より早く溶けるような盛夏だった。

たまたまお互いの休日が重なったので「出かけようよ」と誘ったら、山歩きを提案されたので朝から繰り出すことにする。

彼と時間を過ごしたことはこれまでにも何度かあったものの、複数人での飲み会で言葉を交わしたり、言葉もなくただ星を見上げたり、絶え間なく降り注ぐキスに言葉を奪われたりしてきたから、白昼素面で話題に困りはしないかしらと実はひそかに心配していた。けれど、日常のよしなしごとや幼少期の記憶、旅の行く先、仕事への向き合い方、好きなもののこと、47都道府県の県庁所在地、と話題をとりとめなく替えながら会話は途切れずに続き、上り坂でも息を乱さずに話しつづけられるお互いの体力にむしろ安堵した。

「俺はやっぱり人見知りなんだなあと思った」と彼がこぼすので経緯を聞いたら、「その後会う機会もおそらくないであろう初対面の人間同士が30分程度居合わせる場で、周囲の人と何気ない会話ができなかった」という趣旨の答えがあった。「会話したかったの?」と問うたら、「ううん、ぜんぜん」と返ってきたので思わず笑ってしまった。基本の表情が笑顔であるせいか、彼は一見陽性の人間らしく見えるのに、ときどき言葉尻にそういう、すこし世間や周囲から浮き上がっているところが見え隠れするのが面白いなと思いながら眺めている。「必要があれば陽に擬態できる陰キャラ」の器用さを長らく好んできたけれど、「心のどこかに影を孕んだ陽キャラ」の興味深さは、彼がわたしに教えてくれたことのひとつかもしれない。

彼は、心を許した相手との間に満ちる沈黙ならば苦にしない性格ではあるようだけれど、底抜けに陽性のコミュニケーション強者やいわゆるスクールカースト上位層に漠然とした憧れを持っていて、なおかつその憧れを嫌味なく表明できるだけの育ちの良さを持ち合わせたひとだ。「それなら別に会話をしなくたってかまわないじゃない」と返したわたしは、もし同じようなシチュエーションに置かれたとしたら平然とひとり黙り込むタイプだ。わたしは彼のように素直に憧れをたいせつにできずに、早々に切り捨ててしまった。そういうわたしのある種の強靭さを、彼が物好きにも好んでくれていることは知っているし、そういうわたしがどう返答するかを彼は薄々察してもいただろうと思う。


前を歩く彼のペースは一貫して乱れず、情緒の安定した彼らしい歩き方だな、と思った。その歩調についていくことに、苦はない。ふと、彼といると些細な絶望を感じないでいられるな、と気づく。夜道を送ってくれること、手が美しいこと、好きなものについてちゃんと熱をもって語れること、目尻がいつもすこし笑っていること、わたしの名前をちゃんと呼んでくれること、触れれば温かいこと、肢体の均整が過不足なく取れていること、胸が適切に広いこと、酔った勢いでわたしを抱かずに、お互いが素面の夜を待ってくれたこと。そして、たぶん、わたしの不穏な悲鳴を愛さないこと。

不穏な悲鳴を愛されると、わたしは不穏な悲鳴を止められなくなってしまう。


木陰は風が通って涼しくも感じられるけれど、日差しは射るように強く、湿度が高いのもあいまって、動けば動くだけ汗が噴き出す。峠をひとつ越え、ふたつ目の峠の頂上のベンチに一度腰をおろした。水分補給を済ませ、眼下に広がる景色をぼんやりと眺めていると、つい、と彼の指先が、わたしの下瞼に浮かんだ汗を拭いとった。皮膚の薄い部分で感じる彼の指先は、いつもやさしい。単純な性欲で触れられるのも好きだけれど、今日の指先にはなにかすこしちがう気配を感じ、胸の奥がぬるく疼く。

経験上、「相手の汗に触れたい」は結構な確度で恋だと思う。男と女の間でやり取りされる液体は種々あるけれど、それらに触れても不快ではないとか、むしろ積極的に触れたいとか思うとき、そこにはたしかに、性欲だけではないなにかが蠢いている。

風が吹き、「そろそろ行こうか」と彼は穏やかにいつも通りの笑顔を向け、わたしは黙って頷いた。


みっつ目の峠を越え、中腹の休憩所で昼食をとることにして、正方形の大きなベンチに並んで腰かける。同じパン屋で別々に選んだパンはひとつも被っていなくて、ひとくちずつ交換しながら感想を言い合った。サンドイッチにかじりつく彼に、「ああ、男の子だな」と思い、砂糖でみっしりとコーティングされた塩キャラメルパンを選んだ彼に、「甘いものも好きなのだな」と思う。

食べ終えたあとはそのままベンチに寝ころんで木漏れ日を浴びた。葉末のざわめきや小鳥のさえずりを聞きながら、「いい休日だね」「ずっとこうしていたいね」とどちらともなく緩慢に呟く。触れそうで触れない距離はもどかしいようにも心地いいようにも感じられて、もしも「幸福」というものがこの世にあるならば、おそらくいまこの瞬間と同じ地平のうえにあるのだろう、となんの根拠もなく思った。

たまたま手にした落ち葉の先端で、彼の耳のふちをなぞる。快感混じりのくすぐったさを押し殺すように耐えている彼の目尻はやっぱり笑っていて、わたしはわけもなく安心する。交代で落ち葉を手にした彼は、葉軸の先でわたしの腕に乗った砂粒をひとつひとつ丹念に払い落とし、最後の一粒がしぶとく落ちないことに怪訝な顔をし、やがてそれがほくろなのだと気づいて苦笑する。わたしの左胸の下にもほくろがあることを、彼は覚えているだろうか。

ぐっと距離が近づいたと思ったら唇が降ってきた。彼はたぶんきっとキスが好きで、わたしは彼のキスが好きだ。激しくはないけれど、落とされる口づけはたいてい長くて執拗だ。彼の滑らかな頬の丸みに、手探りで触れる。キスをするときに相手の頬に手を添える仕草にはこれまであまりしっくりきたことがなくて、実際にほとんどしたことがなかったけれど、彼とのキスではなんとなく、そこがわたしの手の収まる場所だ、という気がして、つい手のひらが吸い寄せられてしまう。

白昼の戸外で受け止めるキスは、深夜のベッドの上で受け止めるキスよりも、なぜかすべてを鋭敏に感じ取ってしまうものなのだと初めて知った。世界がぎゅっと収縮して密度を増し、唇の弾力や、わたしの舌をなぞる彼の舌の感触や、こぼれる吐息の熱さや、合間合間にあふれた唾液を嚥下する音に頭がくらくらする。ずっとこうしていたい、とさっきよりもつよい切実さで願った。

キスから解放されたあとはなんとなく顔を見るのが恥ずかしくて、彼の胸に顔を埋める。彼にゆるく巻きつけた腕に、彼の手のひらが重なる。触れあった箇所から流れ込む体温に、わたしはまた安心する。この程度のことでわたしは、彼の身体への安心感を安易に醸成してしまう。


よっつ目の峠は海に近く、頂上が展望台になっていた。今日いちばんの絶景に、歩き疲れた身体も報われるような気がした。崖ぎりぎりのところから景色を写真に収めていたら、不意に後ろから抱きしめられた。「タイタニックごっこ?」と戯れてみたら、「俺は死なないよ」と顎を引き寄せられ、触れるだけのキスが落とされた。「相手が自分にどう触れるかで、愛されてるかそうじゃないかなんてちゃんと分かる」と誰かが言っていた。初めて聞いたときにはあまりピンとこなかったけれど、わたしは今日この瞬間ようやくその台詞を、実感を伴って理解した。性欲だけの男は、このシチュエーションでわたしを後ろから抱きしめない。

腕を解いた彼がわたしにカメラを向けるので、振り返ってゆるいピースサインで応えておく。後日写真を送ってもらって見ると、なんというか、滲むような愛が直観されてまた胸が疼いた。「愛を感じるいい写真でしょう」と人に自慢したら、「そうなんだよ、まさに」と返されて、ああ、やっぱり錯覚ではなかった、と思うなどした。

彼は人気がないのをいいことにシャツを脱ぎ捨て、上半身裸で山道を下りはじめる。その美しい背中に珠のように浮いた汗の粒が陽光を反射して輝き、ああ、それを、舐めたい、と思った。



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