見出し画像

コロナ禍のヨーロッパで結婚企画(1)チューリッヒでの家探し

コロナ禍のヨーロッパで結婚企画、だって。このタイミングの悪さがつくづく私らしいなとため息が出る。

今、この記事を南イタリアのダニーロ(婚約者)の実家で書いている。窓の外の畑にはオリーブの樹が茂っていて、パパがオリーブの実を摘んでいる。マンマは大きな缶に入ったオリーブオイルを何本ものペットボトルに詰め替えている。摘んだオリーブで作ったオリーブオイルだ。私の悩みなんてどこ吹く風みたいに、時間が静かにゆったりと流れている。

私がこのコロナ禍にヨーロッパに渡った理由。

結論から言うと、結婚手続きはあきらめて予定通り12月の帰国フライトで帰ることになる。9月の渡航前も、渡航後も、かわらず私は独身だ。

9月28日にスイスに住む婚約者ダニーロの元に来た。パスポートで3ヶ月だけ滞在できる。この3ヶ月の間にスイスで結婚手続きを済ませ、そのまま家族ビザでスイスに滞在するのが私たちのプランだった。

私たちのプラン。そんな言葉が似合うほど、私たちは二人三脚じゃないことが、スイスに来てよくわかった。結婚して滞在許可証が得られてやっと私は仕事に応募できるのだ。それが私の考えだ。しかし彼が「結婚もひとつの手段だけど、君が仕事を先に得れば就労ビザで滞在できるよ」とずっと言い張る問題については、上記の記事を参照されたい。スイスに到着してすぐにこれを言われた私は、絶望した。

移民局に行って、パスポートで入国してるだけの身分での就職活動はナンセンスに等しいということを聞いたにも関わらず、それでも履歴書を配って顔を覚えてもらうということはできるでしょうというのが彼の主張だ。スイスの物価は目玉が飛び出るほど高くて、彼のお給料は激務のわりに安すぎる。「パートナーなんだから生活費は折半」という彼のセリフも、スイスに着いてすぐに喧嘩になった原因だった。私は今、無職なんだってば!そして用意してきた貯金は恥ずかしいぐらいのもんだ。まだ結婚もしてなくて仕事もないのに、毎月のバカ高い家賃と生活費を折半…先の見えない貯金切り崩し生活…きつすぎる。

彼は朝8時台には家を出て、帰宅するともう日付が変わっている。まともに話をする時間がまったくない。私が職探しをしている様子がないことに文句を言うくせに、結婚手続きの話を一向にしない彼を、だんだん信用できなくなってきた。

私はここに、結婚しに来たんだ。

結婚を約束して春に仕事を辞め、9月の終わりまで仕事もせずにスイスに来たはいいけれど、毎日のように喧嘩している。私の貯金が1000万、とは言わずともせいぜい500万円くらいあったらよかったのにね。「甲斐性なし!」と心の中で憎まれ口をたたいた言葉がそのまま自分に返ってくる。金の切れ目は縁の切れ目というけれど、二人の顔から笑顔が消えて、お金のことで毎日喧嘩しているのが心底情けないし、自分のふがいなさに泣けてくるし、街はわからないドイツ語ばかりで孤独だし、冷たい雨が降る夜、傘をさして、グーグルマップ片手に街灯もないような暗い住宅街を一人歩きながら物件探しをしていると心が真っ黒になってくるのがわかった。


チューリッヒでの物件探しは困難を極めた。

彼は9月1日に家もないままとりあえずチューリッヒに来た。同郷の女の子がチューリッヒに住んでいるという情報をどこで聞きつけたのか、とりあえず住ませてもらっていた。その小さな家にさらに私が転がりこんだのが9月28日だ。最初の1週間は「日本語でBuon appetitoはどういうの?」なんて聞いてきたり、人懐こくて可愛かった彼女だが、長いこと快適な一人暮らしだった自分の家に急にカップルが住み込んだストレスで、顔がだんだん険しくなり、私の髪の毛が洗面所に一本落ちているだけでも嫌味を言うようになった。彼女はレストランで働いていて、朝出て行ってもランチタイムが終わるとディナータイムまでの間の数時間、家に帰ってくる。その時、私が家にいることが面白くないというか、落ち着かないのだろう。挨拶をしても露骨に迷惑そうにされるようになった。私は鉢合わせするのが嫌で、彼女が帰ってくる15時前にはあてはなくとも家を出るようになった。

彼女の気持ちは本当によくわかる。自分の城、自分の領域に誰かがいるって、それだけですごいストレスだ。水回りの使い方、冷蔵庫の使い方、ちょっとした物の配置。自分なりのこだわりが悪意なく無視されるストレス。キッチンやシャワーを使うタイミング、極力私たちが気を遣うようにしていたとしても、タイミングがぶつかって気まずい思いをする。しかもいつ出ていくか、目途もついていない。

彼女の態度が日に日に険悪になって、私たちは家探しを急いだ。チューリッヒでの家探しはかなり困難で有名だということは、あとから知った。家探しをしている人口に対して空き部屋が圧倒的に少ない。そして審査基準の厳しさ。

まずは物件紹介のアプリを複数インストールして、片っ端からめぼしい物件の貸主(今までその家に住んでた人。出ていくので次に住む人を探している)にメッセージを送り、下見のアポを取り、約束の日に見に行く。気に入ればアプリケーションフォームを貸主に送る。収入を含めた自分のプロフィールだ。国籍、スイスに何年住んでいるか、勤続年数、勤務先の情報、雇い主の名前と連絡先、独身かどうか、現在住んでいる家の家主の情報、推薦人。そんなことを記入して、貸主に送ると、貸主は大家に転送する。

犯罪歴の証明書というものがあって同封しなければならないことが多く、彼は激務の中仕事を抜け出して役所に行き、この証明書を入手していた。まず、この証明書をどこでどうやって入手するのか調べるだけで1日潰れた。

そのあとからが大変だ。大家はたくさん集まったアプリケーションフォームの中から一番優秀な"履歴書''を選定する。まずスイス人から決まっていくみたいだ。そして勤続年数の長い人、収入の安定している職業の人、さらに推薦人がいるとなお強い。彼はチューリッヒに来てまだ2ヶ月弱。直近3ヶ月の収入証明書を出させる大家も多い。つまり彼は最低基準にすら引っかからない。そしてレストラン勤務の彼は、このコロナ禍でそれだけで不利だ。彼のアプリケーションフォームはことごとく無視され続けている。

私の10月は、忙しい彼に代わってほぼ家探しで終わった。不動産アプリのチャット機能経由で貸主からPDFデータで送られてくるアプリケーションフォームをプリントアウトし、手書きで空欄を埋め、スキャンして貸主に送り返す。プリンターがないので、私は何度もCopy Quickという文具屋さんを往復した。東京だとあちこちにあるコンビニでスキャンも簡単にできるのに。

画像1

貸主に応募するんじゃなくて、エージェントから直接紹介してもらった方が早いんじゃないかという彼の提案で、グーグルマップ片手に何件か不動産屋をまわったが、法人しか相手にしてないとか超高級物件しか扱っていないとかの理由で無下にあしらわれた。とぼとぼ帰る道すがら、ふと見ると彼のセーターに穴が開いていて、余計に悲しい気持ちになってしまった。

彼の方から一向に結婚手続きをどうするかの話が出ないことに業を煮やして、ついに過去最大の大喧嘩になった。私は結婚に必要な書類を全部揃えてスイスまで来た。仕事で忙しいのはわかる。でも、結婚手続きをどう進めていくのか、まともに話し合いがないのはどういうことか。

大喧嘩のあと、仕事で忙しい彼にかわって私が在スイスイタリア大使館に出向くことになったのが10月22日だ。イタリア大使館の冷たい目をしたおばちゃんに、英語でもいいかと聞くと「ここではイタリア語ですよ」信じられないといった顔で肩をすくめた。詳細は割愛するが、どうやらスイスでの婚姻手続きはとても時間がかかってしまうようだ。彼にそれを伝えると、イタリアで結婚しようとすぐに結論を出した。

チューリッヒに着いてから、もう1ヶ月が経とうとしていた。なんでもっと早く大使館に行かなかったのだろう。こんなに時間がかかったのも、私が彼との結婚を躊躇しはじめたからだった。

いただいたサポートは生活の足しにさせて頂きます。応援いただけたら嬉しいです!