#それぞれの10年

あれから何年も月日が重なり
何度も3.11に黙祷をしてきました。

あの黙祷の始まりのぽーんという音で一気に
これまで書いてきたような記憶が蘇ります。
地震の始まり悪夢の始まりでした。

3.11で亡くなった方々のご冥福をお祈りすると共に
行方が分からない方々がいち早く見つかることをお祈りしています。

今は地元の岩手を出ていますが未だに地元が岩手だと話すと
3.11は大丈夫だったかと聞かれます。
それほど日本や世界に大きな衝撃を与えた地震、津波だと思います。

仮設住宅で暮らしていた私のいとこと祖母も
新しく家を建ていとこは結婚して子供も産まれました。
10年で沿岸の街は大きく変わりました。
沿岸にお店や家がなくなり山中を切り崩して
商業施設や学校、住宅地ができました。
やっとやっと三陸鉄道も開通しました。
あの三陸鉄道をおばあちゃんの家から見るの好きだったんですけどね。
鉄道が走ってない頃は高架橋に鹿が歩いていました😅
沿岸の道を通らなくてもいいように新しい
道路もできました。

正直地震は未だにトラウマです。
ですが、全ての方の命の重さは変わりません。
今生きていられるのが奇跡です。
今私の家族が生きていてくれる事も
友達が生きていてくれる事も自然なことに見えて
とても幸せで奇跡な事です。
もしも、もしもただいまとあの時帰ってこなかった家族がいたら
大丈夫だよと声が聞こえなかったら。

ニュースでよく聞くと思いますが

命を守る行動をしてください。

あなたの生存を望んでいる方がいます。


もしものために避難グッズや避難経路を確認しておきましょう。
小銭と連絡先を書いたメモをわすれずに。
家を出るときは無事ですと張り紙をするのも訪れた人は安心するかもしれません。


話が変わってしまうかもしれませんが

このご時世コロナで自殺者が急増してます。
私も過去自殺を考えた事があります。
鬱、パニック障害、人間不信、PMDD
辛い事うまくいかない事沢山ありますよね。
安楽死を必死に調べた夜があります。
チャット式の自殺相談室に相談したのに
返信が一切来なかった事もありました。

それでも私の父は
とりあえず生きていろとLINEをくれました。

生きていれば必ずいいことがあると
兄から言われました。

面白い動画を送ってくれる2番目の兄もいて

私の大好きな弟も生きてくれています。

母は辛い時何かを察知して電話をくれます。
さすが母です。

それでも辛い時今使っているこの端末を使って
ネットにいる人を頼ってみてください。

ネットはやばい人の集まりなんかじゃありません。
私が人間不信になっても励ましてくれたのは
ネットの向こう側にいる人間でした。

少しずつ少しずつ前を向けるようになりました。

ついこの間起きた地震でもネットで知り合った方々が心配のメッセージをくれました。
ありがたいですよね。

命は一度捨てたらやり直しが効きません。
今生きてるのが本当に奇跡です。
一緒に生きましょう。

もし、話す場がないなら私が聞きます。



3.11で学んだのは命の尊さ。
また10年後も笑って過ごせていられるように
生きていきたいですね。




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