床ずれになったとき

無条件に信じたくなる人、私にとっては医師、教師、コーチ、親、恋人、辺りかと。
そういった人の言葉の威力を知ったのは、急性虫垂炎で入院した時だった。

土曜日の夜に激しい腹痛と、嘔き下しに襲われ、知人に電話した。これって救急車呼んでいいのかな?と。
土地勘も無く、人生経験も乏しい社会人になって三年目位の時の事。
急性虫垂炎かも知れないし、呼びなよと言われて、即、消防署に電話した。

搬送先の病院で点滴を受けて、痛みが収まったので、応急処置だけ受けて深夜に帰宅。翌日の検査でやはり急性虫垂炎と診断されて、その場で入院、午後に内視鏡手術を受けた。

オペは無事終了。その後全身麻酔から覚めたときに、看護師さんから言われた一言が、
「今夜は絶対安静です。」
トイレは行かなくてもカテーテルで大丈夫、寝返りも打ってはいけませんとの事だったので、ひたすら頷いてその言葉に忠実に過ごした。

その結果、朝起きる頃に腰に痛みを感じた。触ると、大きな水疱が出来ていた。なんだこれ?と不審に思ったが我慢していた。
入院して3日位経っても、水疱が潰れて余計辛くなったので、医師の回診の時に症状を訴えると、
「あぁ、床ずれできちゃったね。」とあっさり言われた。

え、床ずれって寝たきりの高齢者がなるのじゃあ…。
私が絶対安静と言われたのは10時間位の話だったはず。

いつから我慢してたの?と問われ、オペの翌朝と答えると、早く言えばよかったのにと言われた。看護師さんには伝えたけど、はいそうですかで終わったので、イラッとした。
そして、医師が私の腕の点滴の針を見た時、いきなり声を荒げて、看護師さんを叱りつけた。
「君たちは何をやっているんだ。この患者はアルコールアレルギーだろう!見てすぐ解るレベルなのに、どうして今まで放っておいたんだ!患者が訴える事にもちゃんと耳を傾けていたのか!」と。
看護師さんたちは平謝りするが、私にではなく、担当医師に対してだった。
医師は俺でなくて患者さんにだろう!と更に語気を強めて、看護師さんを𠮟り、私に謝ってくれた。

が、何で言わなかったの?とも問われた。何故なら、そんなアレルギー知らなかったから。
そこで初めて、私が酒に弱いのは、アルコールアレルギーがあるからで、今後はアルコール消毒もしない様に医療機関では申告した方が良いこと、飲酒も下手すれば命取りになるから、飲めば強くなると言う一般論は絶対ダメと指導を受けた。

確かに、飲み会の途中で体中が痒くなって、発疹が出たりしていたので、納得できる話だった。

で、その一件以降、看護師さんの対応が丁寧になった。私が回診の時に、直接担当医師に何でも質問すると解ったからなのか、医師に𠮟られたからか。

それはそれとして…。

その後退院して、職場復帰してしばらく経って、床ずれも治った頃、同僚が膝の靭帯を切って入院手術をした。
退院して来た同僚が、
「オペの終了した時点で床ずれが出来た。辛い。」ともらした。

理由は私と同じ。
「オペ中は絶対動いてはいけません。」
を、忠実に守ったらなってた、との事。
部分麻酔でオペをしたので意識があった為、ひたすら動かない様にオペ中は頑張ったそうだ。その間2、3時間。

その同僚は社会人競技者で、アスリート生活を現役で続けていた。
また、私自身も、競技スポーツの場に身を置いていた時期があり、お互いに身体能力は一般より高めだった。

運動を健康的に行うことは、一般的に良しとされる。こうしよう!と思っても中々思う様に身体を動かすことが難しいと言う方が一般的に多いと、私は感じている。

しかし、競技者として求めることは、可能な限り心身を鍛え、その競技に必要とされる身体コントロールをするテクニックを身に付ける事。勝つための技能を高めるトレーニングをしている。
そして、その経験はある程度、その後の日常生活の中でも続くと思う。自分の意思と、指導者のアドバイスに忠実に、自らの身体を用いて、自身の最高のパフォーマンスを求める傾向が強い。

同僚は言った。他にも同じような床ずれの話聞いたかも、と。

「動くな」も、「動け」も、どちらも身体能力が高ければ、体の使い方ひとつで、その状態を維持する時間を長くする事は可能な訳で。床ずれを発症する位の時間は、同じ姿勢を保つことを、俗に言う“運動神経が良い人”は、あっさりと出来てしまったりするらしい。自分の随意で姿勢を制御したり、指導内容に的確な行動をする事に慣れているからか。
血行不良になるような体に負担のかかる姿勢も、必要と感じたならば保持してしまう様だ。

同僚との会話の中で出た結論は、
アスリートに絶対安静を言う時は、「ちょっとなら動いていい」とか、「今はリラックスしていいよ」とか、具体的に言って欲しい…。

何故ならアスリートは、指示通りに真面目に身体コントロールすることに、常に取り組んでしまうから。

…と言って二人で笑った。

同時に、言葉のとらえ方って、人それぞれに感覚があるから難しいかもねと。

「長い」と言われて、どの位を「長い」と想像するのか。個人差が結構あるんじゃないかと思う。
「動くな」と言われて、ひたすら動かないことを厳守した同僚と私。

医師等がどの程度の「動くな」を望んだかはわからない。
私の処置にあたった看護師さん達が、私の「腰が辛い」と言った言葉を、耐えられる範囲と認識したのも、よくとればとらえ方の誤差なのかも知れない。

言葉に含まれる想いを、相手の望む通りに理解する事は、中々骨が折れるものなのかも知れない。

そんな気がする。

よろしくお願いいたします。