床ずれになった翌々日

急性虫垂炎で緊急入院して、緊急オペをした翌朝は、腰部に床ずれができていた。
絶対安静で…と言われて、身じろぐこともいけないと解釈した結果の産物だった。

オペ翌日は、どんどん動いて!寝たきり禁止と言われ、院内を徘徊し過ぎて𠮟られた。
人から言われたの言葉の解釈の仕方に、どうやら温度差があることに気づいたものの、何となく憤りを感じることもあり、悶々としていた。

しかし、いくら若いと言っても、全身麻酔で手術をした体は、肉体的なダメージと、何だか大ごとだったんだと言う、未経験の事態による精神的なストレスで、ひたすら重くて怠かった。加えて腹部の切開部分が痛んで、いつもなら何でもない日常生活が、私としてはとんでもなくしんどいものだった。

それでも、オペ翌日に退院してもいいとも言われたが、独り暮らしで生活する事と、通院が困難だと判断し、病院と相談して1週間入院する事になった。

しかし、1週間を寝たきりで過ごすのはその後の生活に支障をきたすこと、大部屋で何だか落ち着かないこともあり、相変わらず院内を徘徊しては眠るを繰り返していた。

それで解ったのは入院の際に、女性の上司が全て手配してくれたと言う事実。親元も遠く、すぐに上京が困難だと知っていた上司が、緊急オペが必要と知り、即来院して書類手続きを進めてくれたそうだ。

他人である私に、皆がこんなに良くしてくれた。
何だか落ち着かない感じもした。他人も身内も、油断禁物、と言う環境に育ったこともあり、親切にされる事に慣れていなかったからだ。

人の誠意とか、誰かに甘えることに戸惑いつつ、病床で窓から外を眺める。

特にする事も無く、うとうとと過ごす入院三日目に、清掃のおばさんが来た。
当時は、お見舞いと言えば、花と果物なんていうのが定番で、わずかに訪れてくれた仕事仲間からの花が枕元に飾ってあった。
その花束を見た清掃のおばさんが、
「あなた、いつ退院する?後三日位はここに居るかしら?」
と問いかける。

はい、と答えると、花束に付いているカラフルなリボンを指さして言った。

「このリボン、私に預けてくれない?」

え、預ける?と戸惑いつつも了承した。

「よかったわ。私、リボンでお花を作るのが趣味なの。あなたに作ってあげたいの。」

そういうことなら、どうぞどうぞと喜んでピンクのリボンを持って行って頂いた。

それから明日は退院だと言う日の午後、リボンのおばさんが清掃に来た。

「会えてよかったわ。間に合った。」
優しく笑ってその人は続ける。

「病気だ入院だと、それは嬉しい思い出では無いと思うのよ。でもね、こうしてあなたのお見舞いに来てくれた人の想いは、良い思い出にしてね。花は枯れても、リボンは長持ちするから。だけど、縁起が悪いと思う人も居るから、あなたの好きにして良いのよ。」

そう言って手渡されたのは、ジャムの空き瓶の中に可愛らしいピンクのリボンで作られた薔薇だった。

「ありがとうございます!」

受け取って、360°から眺めて、素敵ですねと言うと、笑顔でおばさんはお大事にと、作業を終えて病室をでて行った。

掃除と言う業務をこなすだけで無くて、このおばさんは、自分にできることでプラスワンの人を喜ばせることをしている。そう思った。自分も楽しく、人も楽しく。

名前も知らないこの方に出会ったことは、私にとって、有難いことだと思う。
おばさんの言葉を今でも時々思い出す。
人の行動の中にある、想いをくみ取ることを、できる限りしてみようと思ったこと。人を大切に思うことは、相手の気持ちを理解しようとしてみること。そういう場面もあるものなのだろうと、病室のサイドテーブルに置いたリボンフラワーを眺めつつ、その日は眠った。
そして、退院してからも、自室にそのリボンフラワーは置かれている。

様々な日常に、過去の記憶は薄れるけれど、強く感じた想いは残る。
そんな気がする。

よろしくお願いいたします。