床ずれになった翌日

急性虫垂炎で緊急入院して、そのまま数時間後に内視鏡手術で盲腸を摘出したのは、20代半ばのこと。

看護師さんの
絶対安静の一言を忠実に守った翌朝、あっさりと腰に床ずれができた。

むず痒さと違和感と痛みが腰にあったが、すぐ治るかと思って入院二日目が始まった。どちらかと言えば、内視鏡手術で開腹した、数個の傷の方が痛かったし、尿道カテーテルの違和感が半端ないものだったから。

絶対安静の翌朝は、看護師さんに起こされて、あっという間に尿道カテーテルを外され、着替えさせられた。
訳もわからず唖然としていると、

「今日からはできる限り動いてください。」

と言われた。
え、絶対安静の直後に寝たきり禁止指令なの?と、戸惑っていると、安静にし過ぎると腸が癒着する可能性が高くなるので、自力でトイレも行ってどんどん動いてくださいと説明された。

素直な私は、しばらく経ってからまずトイレに立つ。お腹の傷が痛いが、何とかベッドから降りて廊下に出た。そろそろと歩きトイレを探して用を足してみた。

歩いてきたものの、腹部の痛みで座れない。
座ったものの、当時はボタン洗浄や自動水洗のトイレがまだほとんど無くて、手で押すレバーのトイレだった。
流したいが、腹筋に力が入ると痛くてレバーが押せない。

ドアの開閉、段差の昇降、いちいち腹筋を使って日常生活を送っていた事に気づく。
これ、退院しても買い物ひとつ満足にできないぞ、と不安にもなった。

ふらふらとするし、息切れもするし、すぐ疲れてしゃがみ込みたくなって、病室に戻って眠る。

そしてまた目覚めて考える。動くとお腹が痛い、でもどんどん動いてと言われたし…と、病院内を探検する。エレベーターを1階から最上階の出入り可能なエリアを、1日かけて全部巡ってみた。

疲れたら病室に戻って眠り、また院内を巡ってを3セット位したら、夕方になった。

「よく動きましたね。」
と、看護師さんに言われた。

「こんなにオペ翌日に動く患者さんは、今まで見たことがありません!」

と、笑って言われた。

よくそんなに動けましたね。それに、点滴の時間にベッドに居ない患者さんも珍しいとも。

だって出来るだけ動けって言ったじゃない!
点滴の時間なんて、言ってなかったじゃない!

と思った所で、
「動き過ぎです。」

………。

見てたなら、止めてよ。

とも言えず、気をつけますと言ってみたものの、なんだか腑に落ちなかった。

そして思った。

私の感覚は、一般的な行動の範囲を超えていると。
絶対安静と言われれば、床ずれになるまで本気で動かないは、動けと言われればぐったりするまで動くは…。

どのくらいが適切なのか、具体的に言って欲しい!と切実に思った。動きなさいと言われて、私としてはまだ足りないかな?とさえ思っていたのだから。

まぁ、個人差はあるとは思うけど。
“知らない”と言うことは、“知ってる”人の常識の斜め上を行く発想をするんだと思う。

だから、人に何かを伝える時は、具体的に言葉を選ぼうと思った。

そして一時的とはいえ、体が不自由な状態になってみて、バリアフリー等が如何に有難いものかが少し解った気がした。
自分で自分の身の回りのことができるって、有難いとも。

なんだか、今になって当時が思い出された。
そんな今年の秋。




よろしくお願いいたします。