王子様は眠らせない(導入部分のみ)

  今日は、アンブローズ王国の第一王子であるアルフレッドの婚約披露パーティーだった。宮殿には、多くの王族に連なる者、貴族が招待して集められていた。

  たくさんの来客者が見守る中、主役である第一王子アルフレッドが現れた。輝くばかりの金色の髪に、誰もが振り返る端整な顔立ち、背は高く均整の取れた体形。そして、何よりも人柄が良く、優しく正義感に溢れた完璧な王子だった。その王子が妻に娶ると決めた相手は……。

「皆の者、本日は私の為に良く集まってくれた。紹介しよう。私の妻となるクラリッサだ」

 王子から遅れて登場した令嬢に、宮殿内はどよめく。クラリッサは名門の公爵令嬢で、緩やかな波を打つ美しい銀髪に、男を魅了する美しい顔と豊かな胸、気品にも溢れていて、誰が見ても王子に相応しい完璧な令嬢だった。だが、確か、アルフレッドは数ヶ月前にクラリッサに婚約破棄をしたはずではなかったか? 一度、破棄された相手が再びこうして婚約者としてお披露目されるとは、前代未聞であった。

 だが、彼はこの国の第一王子である。例え、世の常識に外れるおかしな事をしでかしても、誰もそれを諌める事が出来ない。そもそも、彼の父親であるこの国の王、ウィルフレッドもかなりの変人だった。10人の妻を娶り、しかもその誰もが正妻扱いで、日替わりで平等に夜な夜な寵愛しているのだ。その息子である第一王子が、一度、婚約破棄をした令嬢と再度復縁しようと、父の奇行に比べれば色褪せる。その場にいた誰もがそう思い、祝福の喝采を浴びせた。

 そんな宴もたけなわの中、月明かりが差し込むテラスでは、本日の主役であるアルフレッド、そして、婚約者のクラリッサ、そして、今日招待されていた伯爵令嬢であるシャルロッテが人目を避けるように集まっていた。側近には、クラリッサが酔ったようなので、少しだけ外の空気に当たってくると言って誤魔化していた。

「ほら、言ったでしょ? この国の人達は、多少、常識に外れた事をしたって誰も咎めないって」

 シャルロッテが活発そうな大きな瞳を見開いて、でも、他の来客者からは見つからないように、声を潜めて、主役の2人に言い聞かせていた。

「あ、ああ……。我が国はあの父上がいるからな……。多少の奇行は許される雰囲気ではある」

 アルフレッドは喜んではいたが、まさか父親の日頃からの奇行が自分達の策を成功させる鍵になるとは思ってもいなかった。アルフレッドの隣ではクラリッサが目を潤ませて、シャルロットの手を握った。

「ありがとう……。本当は貴女がアルフレッドの婚約者になるはずだったのに……」

「いやいや、ないない。私がこんなテンプレな王子様を好きになる訳ないじゃない! それよりも、貴女も、そんなにしおらしくなっちゃって。数ヶ月前までは、私の事をシナリオ通りに苛めていたじゃない。あの頃の元気は何処行っちゃったのよ」

 わざと意地悪そうな笑みを浮かべて、シャルロッテがクラリッサの顔を覗き込む。クラリッサは少し頬を膨らませて、シャルロッテを睨み付ける。でも、険悪な雰囲気ではなく、仲良くじゃれあっているだけだった。

「もう、その事を言うのは止めて。私達は同じ世界から転生してきた仲間なんだし……」

「そうそう、同じ乙女ゲームに萌えていた同士だもんね!」

 1人だけ、訳も分からず立ち尽くす王子……ではなかった。彼も2人と同じ世界からの転生者であった。先程のような王子に相応しい気品溢れる言葉でなく、元にいた世界の言葉に戻っていた。

「俺はこんなイケメン王子に生まれ変わったなんて、最初ビックリしたんだ。前世を思い出したのは、ついこの間だけど、よりによって、18禁乙女ゲームの攻略対象かよってツッコミ入れてた……。前世の妹がこのゲームにハマっていたから、登場人物の名前だけは知っていたんだ」

 シャルロッテは驚いて、アルフレッドに詰め寄る。

「アンタの妹さん、お兄さんに18禁乙女ゲームやっていたのバレてたの? おいたわしや……」

「うちは割と何でもオープンだったんだ。父親とAVの貸し借りなんてしょっちゅうだったしな」

 金髪のイケメン王子から、AVという単語が飛び出して、シャルロッテもクラリッサも顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。

「だから、そんな俺がまさかこんな容姿も性格も完璧なイケメン王子に転生するとは思ってなかったよ」

 クラリッサが、そんなアルフレッドを気遣うように優しく微笑みかけた。

「貴方は、間違いなくゲームと同じアルフレッド王子よ。性格も優しくて、正義感も強くて素敵だわ……」

「そ、そうかな……?」

 クラリッサの賛辞の言葉に、アルフレッドは照れたように顔を紅潮させる。 

 ここは、彼らがいた世界に存在した『王子様は眠らせない』という乙女ゲームの世界だった。シャルロッテとクラリッサは、共にそのゲームの熱烈なプレーヤーだった。

「私を苛めていたクラリッサがある日、手の平を返したように謝ってきたじゃない? あの時に、私の記憶も甦ったのよ。そう、私がよりによってヒロインかよってツッコミ入れてた。どっちかというとポジションが逆よね? 私達」

 シャルロッテが笑うと、クラリッサは困ったように顔を俯ける。

「そんな……私だって、ヒロインなんて柄じゃないわ」

「いやいや、その慎ましやかな佇まい、誰にでも好かれる優しい性格。ヒロインじゃなきゃ何なのよ。そうでしょ? アルフレッド」

 急にシャルロッテから話を振られたアルフレッドは、驚いたように目を見開いたが、隣のクラリッサを見て優しく微笑んでいた。

「ああ、そうだな。でも出来れば、俺が婚約破棄をする前に記憶が甦って欲しかったよなー。そしたら、こんな2回目の婚約披露パーティーなんてせずに済んだのに」

「うんうん。私も、もっと早くに記憶が戻れば、ジルヴェスター王子を攻略出来たのに……っていうか、実は現在進行形なのよ! この後に彼と会う予定なの。今日こそは、ハッピーエンドを身体で体験する為に、落としてみせるわ」

 すると、アルフレッドは顔を顰めた。

「あんな弟がいいのか? 口が悪くてドSな男だぞ。もしかして、お前、Mなのか?」

 失礼な質問だったが、シャルロッテはさほど気にした様子もない。

「うーん、どうなのかな。とにかく、私は前世の時から彼のルートしか攻略した事ないの。アルフレッドに負けず劣らずイケメンだし、実はツンデレなのよ、彼は」

「ふーん……物好きな奴だな。お前も変わり者だから、お似合いかもな。ま、頑張れよ。上手く行ったら俺達は義理の兄と姉って事になるんだからな」

「はーい、アンタ達も幸せになってね。ではでは、彼の部屋に行ってくるわね」

 シャルロッテが2人に手を振ると、幸せそうな2人も彼女が上手くエンディングを迎えられるように祈りながら、にこやかに手を振った。

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