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傷心の応急処置

傷口からしたたたり落ちる血を見つめていた。
想像よりも、赤かった。

彼が何か凶器を持っているのは気づいていた。
でも、まさかこんな鋭利な刃だったとは。

朦朧とする意識の中、彼との記憶が蘇る。
ありきたりの走馬灯に吐き気。
床のラグの上に座り込む。

私は今、家に1人。自分で何とかするしかない。
この傷、どうする?

第1処置 状況把握

奈落の底に行く前に、
自分がこの世に存在することを確認しよう。
身体の中から空気を出し、地球の酸素を吸収。
叫ぶ。
私の第一声は「は?」だったのだけど、
そのあとは床に転がっていたクッションに顔を埋めて、
「う」に濁点をつけたような声を出す。

心臓の鼓動を感じる。
流血がひどくなった。

第2処置 ガーゼ探し

滅多と怪我をしない私の生活において、
応急処置の品物なぞない。
いや、でもどこかにあった気がする。

とにかく親しい友人たちにメッセージを送る。
「起きてる?」「ねぇ?」「話したいことがあるんだけど」

自分の手で傷をおさえてしまったようで、
右手が赤く染まっている。

第3処置 止血

状況を声に出して説明することが、解決につながる場合もある。
運よく捕まえることができたのは、
かつて私が恋愛相談を聞いていたメンヘラ友人。

「とにかく簡単に説明をするから、聞くだけ聞いて」

今の私が欲しいのは
「そいつ最低!」「やっぱりひどいやつだと思ってた!「クソだな!」という、
とりあえずこの流血を止めれそうな、ガーゼ。
全国各地から手向けられた言葉を、傷口に優しく被せていく。

でも手荒くすると、また赤い染みが滲む。

第4処置 包帯

友人たちの協力があり、ある程度の流血はおさまる。
続いては簡単な瞑想。
闇の向こう側の世界から戻って来れなくなるから程々に。

5分、10分、30分。
現実の世界からどうしても逃げ出したくて、
文字通り目を瞑る。

そうこうしていると時間が、薄い層となり傷口に重なる。
どんな傷もカサブタと化して
跡形もなくなり、記憶からも人生からも消されるのだ。
カサブタも、愛したい傷なのに。
と思えるくらい立ち直ったらしい。

おまけ 再発

どんなに大きな傷を負っても、
現実は通常運転で、
私もなんとかこなして生きる。

今の傷の状況どんな感じ?
そろそろネタにできるくらいの深さかな?
油断して擦ると、血が滲む。

そして、そういうときに限って、
自分を傷つけた相手に
そろりそろりと近づいてしまうのだ。


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