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ミャンマー国軍崩壊?

崩壊寸前の国軍の状況を整理していきます。

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先日逃亡した第77師団の大尉Tun Myat Aungによると国軍はクーデター前から崩壊していたそうです。国軍の将校は階級上るためにお金で奴隷兵士を買収しています。他にも国軍の内部での派閥争いや深刻な腐敗などもあります。

国軍兵士が階級上がる際にチェックされる試験項目は大きく別れて3つあります。戦闘能力、統治能力、政治能力が主にみられます。政治能力では新兵の徴兵能力が左右されます。

国軍の徴兵方法

近年国軍に入隊する下級兵士は衣食住に困っている農村地帯の貧困層が多いです。国のために尽くすために入隊する兵士はほとんどいません。一方下級兵士の待遇が脆弱すぎるのも徴兵できない原因の一つです。手足がなくなって除隊された兵士は2011年で月額50000チャット(3800円)しかもらえません。農村地帯では一人生活するために食事だけでも平均で70000チャットはかかります。また戦闘でなくなっても家族にお知らせが届かないこともあります。

下級兵士一人の告発によると彼は病気の父親を助けるために知合いの兵士から300,000チャット(約23,500円)をもらって入隊することを同意したそうです。翌日に気が変わって断ろうとしたら3,000,000チャット(約235,000円)の弁償金を要求されました。それを払えなかったら逮捕されると脅されてやむなく入隊しました。

農村地帯では兵士一人の調達に約3,000,000チャット(約235,000円)が相場だと言われています。将校の昇級には徴兵能力不可欠なので昇級のために兵士をお金で買収する流れになってしまっています。

兵士の減少

クーデター後は少数民族との紛争やデモ隊の反撃にやる兵士の死亡者数が増える一方です。

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先日サガイン州のカレイ市でCDM警察官の反撃で交番兵士5人死亡しました。カレイ市から近いインド国境のタムー市と合わせると40人弱が死亡しています。南のモン州では海軍兵士将校一人を含む兵士15人が逃亡しました。また海軍技師二人もCDMに参加しました。

北のカチン州の武装組織KIAが国軍の輸送車両、基地、交番などへの攻撃を開始しています。4月12日のカチン州のAlaw Bum基地の奪還作戦でも国軍の320師団の団長を含む100人弱以上の兵士が死亡しました。AFPの報道によるとインドに逃亡した兵士は3000人を超えています。

シャン州のゴールデントライアングルで任務についていた大尉が逃亡しました。大尉によると国軍の兵士75%は国軍の行動が間違っているのを認識しているそうです。しかし家族が基地内で暮らしていたり、深刻な洗脳の影響で命令を逆らえない兵士がほとんどです。彼はCRPHの手配によって安全地域にたどり着くことができました。

落胆する兵士

KNUが制圧したカレン州のThi Mu Htar基地で捕獲された兵士が数人いました。中では戦う意思をなくして降伏した兵士もいます。彼ら9ヶ月間基地で隔離された状態でした。国軍からの月に一度送られくる補給を頼りに生活していました。入隊して間もない方、小さな子どもの父親、結婚式をあげてから2日目で戦前に送られてきた兵士もいます。

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写真はThi Mu Htar基地の制圧でKNUに捕獲された国軍兵士

彼らはクーデター後の戦闘が始まるまではやることがありません。家族との連絡も取れず軟禁状態で精神が追い詰められていました。上層部からクーデターが起きていることも知らされていません。ただただ基地を死守するように命令されていました。彼らの殆どは国軍に戻りたくないと言っています。

武装組織の団結

サガイン州のカレイでのデモ隊の攻防戦で最低11人の兵士が死亡しています。4月10日に同州のタムー市でも地元住民とチン族の武装組織KNOとの攻防戦で18人の兵士が死亡しました。

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写真はKNUがThi Mu Htar基地を制圧した瞬間

国軍兵士と警察官29人が死亡したと発表していますが実際にはその数を遥かに超えている予想しています。この記事を執筆している最中もカチン州でKIAとの戦いで戦死者が出ていると情報が入ってきています。

兵士の逃亡

KNUやKIAの制圧している安全地帯に逃亡している兵士も増えています。海軍から15人制服姿で逃亡し海軍技師二人がCDMに参加しました。3月CDMに参加した大尉の話しによると兵士の75%は国軍の行動が間違っていることを認識しています。

現時点で確認できる中でCDMへ参加を公表している将校は2人のみです。しかし前線での捕獲や降伏、家族の安全のために逃亡してCDMを公表していない兵士は多くいます。AFPの報道では警察と兵士の3000人以上がインドに逃亡しています。

飢える兵士

国軍の上層部は兵士を奴隷のように扱ってきました。この戦線や市街地の兵力が分散されている状態で国軍の本来の姿が現れて来ています。前線の戦闘では少数民族は補給経路の制圧をする形を取るのが多いです。補給が絶たれると兵士は森の中に逃げてバナナの木の芯を食べて凌ぎます。前線は今まで国軍兵士が迫害してきた民族が多いので兵士をかくまう村はありません。飢えに耐えられない兵士は降伏せざるを得ません。

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市街地ではデモが活発に行われていた時はデモ隊が逃げた後に残ったお弁当や飲み水さらいます。市街地では屋台や店からの食品を略奪します。街中の検問場では市民から罰金として金銭の要求や高価な携帯電話などを奪い取ります。国軍兵士はこれらをヤンゴンやマンダレーなどの大きな街でも堂々とやっています。

国民との間で生まれた永遠の隔たり

今回は必ず国民が勝利します。そう言える理由は国民の気持ちの中でこの残虐な兵士の姿の焼印が押されてしまったからです。また話し合いで平和が戻ってもほとんどの国民は国軍兵士と共存する生活を受け入れられない状態です。これは60年間少数民族が感じできたことでもあります。

支援募金

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4月18時点で国軍の武力弾圧によって730名以上の罪のない市民が命を落としました。皆さんの支援があればミャンマーは早く平和を取り戻せると信じています。

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