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No6:【中国語で収入を得るようになってから②】(雲行きが怪しいぞ!)2004年~2007年

中国語通訳の仕事も入ってきて、駆け出しとしての修行をさあ!これから!という時に、雲行きが怪しくなってきました。

第7章 おろおろ期 主人と収入

中国語通訳の法廷通訳から商談通訳、レセプション通訳、いろんな依頼が入ってくるようになりました。弁護士先生からの紹介で翻訳会社で在宅でのお仕事など、ありがたいことに仕事運に恵まれていました。そして通訳養成学校も本科1へ上がり、勉強も仕事も頑張っていた頃…

主人が会社に行きたくない病に…。

主人は、2003年頃から商社の吸収合併で親会社に出向し、度々、上海へ短期駐在(単身赴任)もしていました。その頃から、いわゆるパワハラにて…その後、大阪に帰国後も、だんだんと心の状態が悪くなってきました。

今では私の主人をご存知の方も多いと思いますが、でかい身体&パワーがある感じなのですが、その主人が家から出られない状態に…一緒に心療内科について行ったり、会社との相談も私が窓口になっていました。

有給を消化し、3か月休み、さらに3ヵ月休み、6か月休み、さらに休み…を繰り返し、結果…とうとう会社も辞めました。貯金もだんだんと減っていきます。そうなってくると、私のフリーランスの収入では家計を支えられない。

とうとう、2005年の年末には年が越せない状態でした。

電車に乗っていると、クリスマスの準備を楽しそうにしている人々が心から羨ましいと思いました。暖かい年末を迎えられるのでしょうね。我が家は、書籍やCDも売ったけど、もう、明後日までの小銭しかない…くらいでした。

なんとかせねば!と実家に少し借金の工面をお願いしている最中、翻訳会社の社長から事務員として働かないかとのお誘いもあり、二つ返事でした!2006年正月過ぎから、その翻訳会社でも働きに行くようになりました。感謝!

私が昼間働いて帰ってくると、お風呂とご飯ができていました。面白い現象でした。主人は料理の才能があって、パパっと手早く作れるし、気晴らしになって楽しいらしいので、注)私はその逆ですので…('◇')ゞいろいろお任せしておりました。

支払いややりくりも細々とですが、何とかやっていきました。そうこうしているうちに、主人の再就職も決まり、2006年4月には主人が再び商社へ…

おお!これで収入も安定だ!😂わ~~い!わ~い!

と思ったのもつかの間、主人の会社はかなりブラックでしたん。毎日帰宅が深夜1時、2時で同僚とタクシーで帰宅してました。

そして、1年もたたないうちに、ふたたび…主人うつ病へ…

再び私が、主人の会社とのやりとりや、心療内科にも一緒についていったりして、なんだかんだと結局1年弱で主人は会社を辞めました。

おお!更に、更に!私が頑張らねば!ということで、仕事を更に頑張るようになっていたのでした。

母親が昔「女性が男性並みに給料を稼ぐのは無理なの!女性は事務員で会社に雇ってもらうのが一番!」と小さいころから聞かされて、この言葉がリフレインして足かせになっていました。そんななので両親には主人の事は報告せずに、この頃は、主人の事は周囲には内緒♥でした。

ただやはり困るのが、日によって、主人の気分の上がり下がりが激しく、毎日、今日の気分は?とハラハラでした。

「バイバイ」と夜中に突然家を出て行ったり、線路の近くから電話かけてきて「さよなら」と言ったり。かと思うと和歌山にひとりでふらっと出かけてきたり。※お金ないのにね~。毎日、主人の気分にかなりムラがありました。も~ほんと大変でしたが、、文句言わずに、好きなようにさせていましたよ~

さてさて、この頃には中国語通訳の仕事も増えて、仕事が大好きになってきました、今考えると、「仕事=死活問題」で、私がなんとかせねば!と、がむしゃらだったこともありますが、やりがいがありました。もちろんレベルも高くなっていき、訳せなかったり、恥をかくこともありましたよ。

以前書いたように「来た仕事は断らない」のモットーものと、やっていると今度は、通訳養成学校から中国語講師のお話をいただきました。

この頃から、

翻訳会社A社の事務員+在宅での翻訳会社B社の事務員+裁判所の法廷通訳+ボランティアの通訳+ボランティアの宿題教室+フリーランスの通訳+中国語講師をやり始めました。体力だけには自信がありましたので、毎日8時間ぶっ通し講師でもOK!どんな遠方でも行かせていただきます!状態でした。

主人はといえば、2007年には、やはり就職した方が良いと、少し休養期間を経て、さらに商社へ再就職、今度は、何と東京で就職しました。私は大阪です。これからなんと!9年間、主人は東京と静岡に住みながら、1年の半分以上は中国への生活になったのでした。大阪に戻ってくるのは、年に4~6日程になりました。

ただ9年後、大阪に戻った主人は!!!多額の〇金と、会社を辞めたいという、ダブルパンチを抱えて戻ってきました!!がーん!!さてさて!どえらい事に!!気が休まれません私。

まあ…いつでも波乱万丈です。(^^♪

次回は、主人が大阪にいない9年間の通訳の仕事の事を書いていきます。



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