パスポート

初めてパスポートをとったのは、高校の修学旅行だったので、今から15年前。そのパスポートが切れて10年が経ち、10年ぶりに海外旅行へ行くことになったので、再申請をしに行った。
新宿の旅券発行窓口は申請する人でごった返していた。聞けば1時間半くらい待つとのこと。それでも僕は旅程が迫っていたので並ぶことにした。
1時間半の時間を潰すのは意外に簡単で、SNSを見たり、本を読んだり、人間を観察していたりしたらあっという間にすぎた。ここにいる人達はみな、なんらかの理由で日本の外に行こうとしているんだなと思うと、赤の他人にも変な親近感を覚えた。

ついに番号が呼ばれ、窓口のおばちゃんはいくつかの書類を確認した。「どのくらい待った?」と言われたので、一時間半だと答えると、「長かったわねえ、お疲れさま。私たちも最近ずっと残業なの」と言われた。お疲れさまと言われたけれど、疲れているのはむしろおばちゃんの方だった。

新しいパスポートは、一週間後から受け取れるそうだ。受け取った瞬間から、私はいつでも海外へ行くことができる身になる。
海外へ行く権利を手にした。お金と時間さえあれば、ふらっと海の外へ出かけることができるんだ。そう思うとなんだか無性にわくわくした。
パスポートが切れていた時は必然的に"海外"という選択肢は自分の中から除外されていた。でもそれが許されるのだとわかったとき、可能性が一気に広がってゆくんだということを、新宿のビル街を歩きながら考えていた。許されることで得られる可能性や選択肢って、もしかしたらたくさんあるのかもしれない。

今の日本で同性の結婚は許されていないから、今のところの私の人生プランから、結婚や育児は除外されている。初めからそのオプションはなかったものとして、そう言い聞かせて生きている。
けれど、もし仮にそれが社会的に許されたとしたら、と想像したら、今の自分の人生のかなりの部分が変わってゆくのではないかと思って、少しくらくらした。貯金しなきゃ、とか、自分ひとりの体じゃないかもしれない、とか。それはひとつの希望だし、その希望を完全に排除することなく生きることが、もしかしたら明日の私を豊かにするかもしれないと思った。