ずっと兄の真似ばかりしていた僕の主体性
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ずっと兄の真似ばかりしていた僕の主体性

野阪 拓海

僕には4つ歳の離れた兄がいる。

兄はいつも僕のやるべきことを決めてくれた。

お店で何か注文するのも、友達との遊びの約束も、祖父母の家に行くのも、全部兄に頼ってきた。

ポケモンも、遊戯王カードも、ベイブレードも、野球も、漫画も、全部兄の真似をして始めたものだ。

僕はずっと兄の後ろに隠れて着いて行くだけ、真似してばかりの子どもだった。

そんな風だったから、未だにお店で注文するのも、友達に遊びの連絡するのも、電車で何処かへ行くのも苦手だ。

というより、そもそも何かを自分で決めるのが苦手。

中学生の頃まで全部兄に頼ってきたし、兄と同じ通りにやってきたから、自分で何かを決めるということが無かった。

だから、「白か黒かで答えろ!」という問題が発生したとき、僕はたいてい困って「どっちでもいい」という風になってしまう。

多分、僕が今偉そうに「中庸が大事!」みたいなことを言うのは、その原体験に依るものだろう。

主体性が芽生えた瞬間

だけど、高校生のとき「音楽をやりたい!」と思って軽音楽部に入ったのは、それまでの僕にとっての数少ない大きな決断だった。

それは、初めて兄とは違う道に進んだ瞬間であり、初めて僕に「主体性」というものが芽生えた瞬間だったと言える。

心の底からやりたいと思ったことをし始めた僕は、これまでより色んなことをつぶさに感じていた。

些細なことで喜んだり、感動したり、哀しくなったり、怒ったり……

今思うと「なんであんなことで感情を露わにしていたんだろう?」といったことばかりだ。

多感な時期だったといえば、説明は早いかもしれない。ただ、それだけではなかった。

僕は本気だったんだ。自分が決めたことに対して。

僕はまだ、主体性を育てている

高校生以来、僕は兄とは違う道を進むようになった。

今では、僕と兄は正反対だ。要領よく社会を渡って生きていく兄、社会に抗いながら生きていく弟とでも言えるくらい。

そんなこともあって、色んなことを自分で決める回数が増えた。昔と比べれば、主体性も増してきた。

でも、やっぱり自分で何かを決めるのは未だに苦手だ。どうも身構えてしまうし、いつも後手後手に回ってしまう。

自分がどうしたいか、どうありたいのか、何が好きなのか嫌いなのか、僕にはまだまだ分からないところが多い。

いろんなことに触れて、いろんなことを感じて、僕は今もまだ、決断するための材料を、主体性を育てている。

そんな無駄で大切な時間をちゃんと見守りたい。愛しいと思いたい。

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野阪 拓海

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野阪 拓海
ライター/編集者。教育と多様性あたりが興味のある分野です。アニメ・Vtuber・コーヒー・サウナが好き。ライティングや編集の情報も発信していきます。https://twitter.com/nosaka_t