プロローグ

おそらく自分は駅のホームに居たのだろうと思う。

周囲の人影は存在はしているものの、そう彩られた壁のようにそこらにあり、ただその障害物を避けて目的地に進むのが目的であるかのようにボクは進んだ。

そんな鬱蒼と茂る人混みというジャングルを掻き分けた先に光が見えた。

「それ」について知識は必要ない。

ただ、ボクには「それ」がゴールであることだけは分かっていた。生命に刻まれたサガーーいわゆる次に起こすべき行動を決める本能ーーであるかのように、その光を求めて進んだ。

というのは覚えている。
「覚えている」とモノローグを語るのは、つまり先ほどとは全く別の場所に今居るからだ。

一瞬で全く別の場所に移動してきたのだから、普通なら驚くはずだ。
驚いて誰か話す相手がいるわけでもないのに声をあげてそうすることで理性を保とうとするはずだ。しかし、そもそもボクは普段から独り言も言わず誰かと親しく話すような人間でもない。

まず最初の理由はそれだ。そして次に・・・

先ほどまで居た駅のホームでの出来事がまるで夢か何かであったかのように、記憶からどんどん削り取られていく。早朝に見た夢を、夢を見ている時は詳しく知っていたのに起きたと同時に凄まじいスピードで忘却の彼方に飛ばしていくような、そんな脳の生理作用の様に。

だから大して驚きはしなかった。

ただ、次に起きたことには驚かざるえなかった。
ボクはまだ正気だったのだ。

何かヒラヒラとしたようなドレスのようなものを羽織っていた。
これ自体は「正気の沙汰」ではない。誰もがそう思うだろう。

モノローグにあるように「ボク」は男である。だけれど、今、着ているそれはどう考えても女モノのーーいわゆるキャミソールと呼ばれる、卑猥な、男を誘う目的で着る様なーードレスである。

「おいおい・・・」

思わず声が出た。
先ほどまでモノローグで「驚いて声を独り言を言う様な人間ではない」などと偉そうに語っていたが、そんなボクは思わず声を出していた。そしてその声も、鼻にかける様な甘ったるい女の声なのだ。

「え?!」

声に驚いて声をあげ、その声にも驚く。
終始、驚きの連続だ。

ぼんやりとしていたあの夢見心地の記憶は忘却の彼方へ、そして、どんどん現実が頭の中に無理やり飛び込んでくる。

「何これ?は?なんなのこれ?」

ボクの手は柔らかいそれ、つまりおっぱいに触れていた。自らの体についているそのおっぱいは、どう考えても女性のソレだった。

「なんだこれ?なんだこれぇ?何かおかしいぞ」

無様にも独り言を言いながらボクは部屋を見渡した。
6畳一間のアパート暮らしだったボクからするとテレビかネットでしか見ることはないであろうどこかの国の調度品などが置いてある豪華な部屋で、豪華なベットの上で、おそらく豪華であろう寝巻き・・・つまりキャミソールのようなものを着ているようだ。

ただ一つ特徴的なのは、この部屋には窓はない。

「おいおいおいおいおいおい!冗談じゃないぞ」

甘ったるい声が部屋に響く。
誰が声を発したのかと見渡す。
いや、ボクの声だった。
ボクが発狂しそうになって発している声だ。

部屋の隅に鏡がある。

トタトタとーー男の時の体重は80kgかそこらの中太りだったからーー驚くほどに軽い足取りで鏡に駆け寄ると、それを覆っていたカーテンを引き裂く様に広げた。

もしここで男の姿が映っていたらボクの頭の中はまだ寝ぼけている・・・だけの事で済んでいた。ーー寝ぼけ方がまぁまだアレだけれどもーーそれで我慢はできるものだ。

しかしその微かな希望は打ち砕かれた。

つまり、鏡はそれがボクだと言いたいのだろう。
鏡を覗き込むのはハレンチな寝巻き姿をしている「美少女」だった。

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