生権力

「生権力」についての自分用リンク置き場です。
すぐに読み直せるように。

2021年9月7日 國部克彦先生
生権力について(1)近代社会の統治機構

普通,「権力」というと,誰か権力者いて,彼/彼女らがそれを行使していると考えがちですが,フーコーが考える近代社会の権力は,特定の誰かの権力ではなく,誰が指導的立場になっても変わることなく,指導者も含めてすべての人間を統治する匿名の権力です。したがって,指導者が誰になっても,何も変わりません

権力も経済も膨張しなければ維持でない特徴を持っています。しかし,無限に膨張することはできませんから,必ずどこかで破裂します。そして,またゼロから新しいスタートを切るということを,人類は繰り返してきました。現在は,その最終局面に突然突入してしまったのではないでしょうか。


2021年9月8日 國部克彦先生
生権力について(2)健康は私たちの至上価値なのか?

この健康や生命を至上の価値とする考え方を厳しく批判する哲学者にジョルジョ・アガンベンがいます。アガンベンは,「ブルジョワ民主主義の伝統においては権利であった市民の健康が,人々の気づかぬうちに,いかなる対価を払っても果たすべき法的-宗教的義務へと転倒してしまっている」と主張します。そして,「生命を失うかもしれないという恐怖を基礎として創設されるのは暴政だけ」と言って,現在のパンデミック状況の政治を厳しく批判するのです。

つまり,生命や健康だけを重視するということは,人間の尊厳である精神性を排除してしまう危険性を持つのです。(中略)しかも,永遠の生命は絶対に達成されない目標ですので,それを目的にするということは,永遠に生権力から逃れられないということを意味します。


2021年9月9日 國部克彦先生
生権力について(3)科学との共犯関係

実際に,生権力は,医学や薬学のような健康に関する自然科学だけでなく,経済学や社会学のような社会科学も使って,社会全体を統治するシステムを巧妙に作り上げています。医学と健康保険制度はセットとなって,生権力の強固な基盤となっています。



2021年9月10日 國部克彦先生
生権力について(4)暴走は止められるのか?

生権力は,病気から人間を守ることを目的のように見せかけて,実は,人間を最も深いところから統治することが目的ですから,病気そのものを撲滅することを目指していません。むしろ,病気を作り出して,それを治療するというマッチポンプ的なプロセスを通じて,膨張してきました。「早期発見、早期治療」はその典型です。もちろん,そのおかげで人類の寿命が延びた面もあるかもしれませんが,自由を束縛されて寿命だけ延びても,それが善いことはかどうかは議論が必要でしょう。

知見も識見も高くなく人脈が広いだけの凡庸な政治家や,学歴だけが高く特定の領域で長く研究してきただけの凡庸な専門家が,この生権力の暴走を止められるわけがありません。彼/彼女らは,生権力の都合のよい道具にすぎません。

それでは,私たちが生権力と闘う方法は,もう残っていないのでしょうか。生権力との闘いは,独裁権力との闘いであり,全体主義との闘いです。したがって,これまでの人類史での全体主義との闘いが参考になるはずです。この点では,ナチスドイツのユダヤ人収容所から脱走しアメリカに亡命した哲学者ハンナ・アーレントの一連の著作が大変参考になります。


2021年9月11日 國部克彦先生
全体主義に対抗する(1)生権力と闘うには

生権力が全体主義であることは,生権力が,健康や生命に関する主張について,開かれた議論を求めず,異論を徹底的に排除するその姿勢から明らかになるでしょう。これは独裁国家において,国家への批判が厳しい取り締まりの対象になっていることと同じ構図です。

では,全体主義の体制では,なぜ,自由な議論を抑圧し,このように異論を厳しく取り締まるのでしょうか。これは,宗教が社会を支配している時代に,異教徒を徹底的に排除しようとしたのと同じで,異論の中に全体主義を突き崩す要素が含まれているからです。

しかし,生権力にはそのような意味での独裁者はいません。今の大統領や首相を倒しても,また同じような人物がその座に据わるだけで,生権力は生き延びます。私たちが闘うべき相手は,決してその国のリーダーたちではないのです。

では,私たちが闘うべき相手は何かというと,それは私たちの心の中に潜む全体主義的な傾向です。この傾向こそ,全体主義の根源であり,その根を摘むことでしか,全体主義との闘いは勝利できません。


2021年9月12日 國部克彦先生
全体主義に対抗する(2)自壊させるしかない

では、全体主義との闘いの焦点はどこにあるのでしょうか。それは、前回も指摘したように、自分自身や自分の周りの人たちです。その基本は、自分自身の思考や行動が全体主義に加担してないか、慎重に反省するところから始まります。ほとんどの人は、自分は民主的な人間で、全体主義になんて絶対加担していないと思っているでしょうが、実際にそうでしょうか。

多くの人が同調をやめた時、ただそれだけで全体主義は自壊しますし、それしか全体主義を倒す方法はありません。


2021年9月15日 國部克彦先生
全体主義に対抗する(5)自分に忠実に行動しよう

では,全体主義に対抗するにはどうしたらよいのでしょうか。その基本にして最強の手段は,全体主義に従わないこと,つまり不服従です。これは,近代社会に飼いならされてきた私たちには,意外に難しいことです。社会システムは常に正しいと教え込まれてきた人間たちは,本当に易々と指示に従ってしまいます。しかし,自分自身の信念に照らして,少しでもおかしいと感じたら,そこで立ち止まって抵抗しなければなりません。それが自己の尊厳を守る最も崇高な行為です。



國部克彦先生の上記note記事は書籍化もされています。


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