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EU離脱に揺れるイギリスの大学業界

イギリスのEU離脱が及ぼす影響について、前回の続きです。
産業界においては、国際的にビジネスをする多国籍企業や大手銀行の多くは、EU残留派が多数を占めています。

それに加えて、イギリスの大学や研究機関、シンクタンクなどで働く研究者も、多くは残留支持派です(もちろん例外は多々あります)。

これらのいわゆる「知識層」に、なぜ残留派が多いかというと、先ず、知識を深め発展させるためには、理論、データ、意見などを共有、適用、総合し、多角的に精査する必要があり、そのためには共同研究や人事交流が不可欠だからです。

EU離脱にともなって、EU市民ならびにイギリス人研究者の、EU-イギリス間の「移動の自由」が制限されることは大きな痛手です。

知識なんて書籍や論文、なんならネットでシェアすりゃいーじゃん、などと言っている人は、学術研究の在り方をしらない、そして、英語圏の大学業界がどう機能しているかを分かっていない人です。

そして、これはたんに形而上的な研究理念にとどまらず、きわめて実務的な問題です。

イギリスの大学が抱える問題

EU離脱に戦々恐々とするイギリスの大学ですが、一体なにが懸案となっているのか。

第一は、当然のことながら、EU出身の研究者のイギリスにおける権利の保障です。現段階では、イギリス国内にすでにいるEU出身者は、イギリスがEUを離脱したあとの猶予期間内に、 "settled status" に申し込めば、イギリスに引き続き住んでよい、という案が出されています。

しかしながら、在英のEU市民はこれに反対しています。永住権保持者と同様の既得権がすでにあるのに、なんで今さらよそ者扱いなわけよ?、と言う理由からです。

なので、当然、EU出身の研究者の中にはイギリスを去ることを考えている人が多いです。私の周りにも複数います。

それだけでなく、今後、EUの大学がイギリスの大学と共同研究をすることに二の足を踏む、ということも予想されます。ようは「お前らイギリスって、いろいろメンドくせーから、もう EU圏内の大学同士でやるわー」ってことです。

第二に、EU出資の研究助成金が減る恐れがあります。というか、これは確実に減ります。

現在、争点になっているのは、EUが出資する研究助成金制度へのイギリスの大学およびイギリス在住研究者の応募資格の維持です。応募資格自体をはく奪されたら、たまったものではありません。

第三に、EUからの学生が減る。
現在、イギリスの大学における EU出身の学生の学費は、地元イギリスの学生と同じ額ですが、EU離脱後は、EU圏外からの留学生向けの学費(めっちゃ高い)が適用される可能性があります。

もしそうなったら、EUの学生はわざわざイギリスに勉強しに来ないでしょう。EU各国には、英語で講義を行う優秀な大学がたくさんあるんですから。

昨年度(2017年)、イギリスの大学に応募したEU出身の学生の応募数は、前年比5%の減少にとどまりましたが、今月初めの Guardian紙の記事によると、「EU離脱後は、イギリスの大学におけるEU出身の留学生数は、8割がた減る」と予想する大学関係者もいます。

これは大きな不安材料です。ひとつには、正直言って、EU出身の学生は、地元イギリスの学生やアジアからの留学生より優秀なことが多いです。現場で教える者にすれば、学生の質および多様性、という両面において、EUからの学生は一定数を確保したいところです。

さらに、学生総数の減少は、イギリスの大学間で、学生数を確保するための過当競争を助長し、その一方に、大学教員の人員削減につながる恐れがあります。(これはすでにあちこちで始まっています)

第四に、世界大学ランキングの低下です。上記のような負の材料は、世界大学ランキングに直接影響を及ぼします。

そして、ランキング低下を阻止すべく、イギリスの各大学(とくに、上位にランクされている研究大学)は、研究成果や教育査定などの業務上の負荷をはんぱなく増やしています。ようするに、もっと働け―ってことです。

イギリスの大学はどこへ向かっているのか

EU離脱という不確実な状況にあって、上からのお仕着せやマイクロ・マネジメントは、研究者の時間を浪費させるのみならず、むしろ、やる気やモラルを損なう確率のほうが高い。

さらに言うと、EU離脱だけが問題じゃないんですよ。
実はですね、イギリスの大学教員・職員の厚生年金制度は、破綻しつつあります。これは、経済状況や雇用者(大学)側の態度の硬化など外的要因もありますが、年金組合の運用が下手だったんじゃないか、というお粗末な要素もあって、不透明感満載です。

将来に不安を感じるEU出身の研究者だけでなく、こうした動きに嫌気をさした地元イギリスの研究者の中にも、イギリス国外の大学へ移ることを考えている人がけっこういます。

イギリスのEU離脱は来春(2019年3月末)の予定ですが、研究者の海外流出は2016年後半から徐々に始まっています。それだけでなく、EU各国の大学からの、イギリス在住の研究者のヘッドハンティングも活発化していると聞きます。

EU離脱後に、イギリスの政治・経済・社会状況がどうなるかは、現段階では誰にもわかりません。したがって、イギリスの大学が将来どういうふうに変わるのかも、不透明な状況です。

問題なのは、社会の根幹を担っている「研究・教育分野」への影響をよく吟味せずに、イギリスが「EU離脱」という選択をしてしまった、という点です。

結果いかんによっては、政治的思惑から国民投票を実施したキャメロン前首相のみならず、多岐に及ぶ長期的影響をろくに考えずに「離脱」に投票した国民ともども、猛省を強いられるべきでしょう。