小説「裏面のバランス」第6話『ゴーストプラネット』

「裏面さん、おかえりなさい」

おかえりって、返す言葉は『ただいま』だろうか。
別に、誰に迎え入れられても今は嬉しくない。
嬉しくない、はずだったのに。

「わたくし、ミケと申します。この惑星の一応管理人をやっておりまして......」

「う、うわああああ!」

驚いた。
驚いたのは、当たり前だった。
だって目の前で、というか仰向けになっている俺の目を上からじいっと見つめてきていたのは、身長1.5メートルぐらいの三毛猫だったからだ。
いや、三毛猫というか...三毛猫っぽい人間?いや人間では少なくとも無いな......。
とにかく、奇怪な存在だった。
さっき出会った、そして思い出したタイムウォッチャーとはまた別の恐怖心を駆り立ててくる存在に、俺はひたすら慄いていた。

「み、ミケ、、、さん?」

背中の後ろの方で腕を逆さに這いつくばって何とか下がった俺は、ミケと名乗る謎の生物が少しだけヨダレを垂らしていることに気付いた。
それに、よく見たらコイツ尻尾が生えている。緑色に黒が混ざったような、気味の悪い恐竜みたいなシッポ。
てか、なんでタキシード着てるんだよ。パツンパツンだし......。

「ええ、っと。そんなに怖がらないでください。わたくし、あなたにお会いしたことも実はありますし」

え、と声が漏れた。
こんな怖いのと、未知の生物と、俺が会ったことあるって?
ホラにも程がある。お前みたいなのとは一生......というか昨日から会ってる人達は一生巡り合わないもんだと思ってるんだが。
でも、ミケの猫目は存外に真剣そうに見えた。
まるで、何かを訴えかけてくるような。

「裏面さん、本当にわたくしのこと覚えてないんですか?」

「......すまん、全く」

「あらあら......では、なぜこのゴーストプラネットにやってこられたのですか」

いや、知らねえし......。
ここ、ゴーストプラネットって言うらしい。
何も知らない旅人に、というか放流してきた海賊に、無人島のこと知ってるかって。
でもミケは多分かなり真面目に物事を考えてそうだし、その真っ直ぐな瞳が俺の胸をチクリチクリと刺してきている感じがした。
それでつい、全部話してしまった。
全部というのは本当に全部ではなくて、さっきまで起きたことの本筋を、結論から話してしまった。

「タイムウォッチャーに飛ばされてきたんだ」

ミケは太い手を口に当てて「ええっ?!」と驚いた様子を見せた。
あまりにビックリしてるもんだから、俺もつい頭をポリポリとかいてしまった。
ミケはタイムウォッチャーのことを知っていそうだし、何より俺の事はもっと知っていそうだ。
加えて、やはりタイムウォッチャーが俺と何かしらの関わりを持っているのかもしれないというのを直感で感じた。
これまでの出会いは、もしかして全てが繋がっているだろうか。

「た、タイムウォッチャーって......マクロBBB(スリービー)さんのことですよね」
「......ああ、そうだ。俺もさっき思い出したんだけどさ」

そう。さっきこのゴーストプラネットに飛ばされる直前、俺はアイツに関する概略を思い出したのだ。
アイツが呼ばれているタイムウォッチャーというはあくまでロール名のようなもので、アイツ自身の名前はマクロBBB(スリービー)という。
「飛ばされる!」と思った瞬間に思い出したもんだから彼本人に直接その名を伝えることは出来なかったが、彼の方は彼の方で俺のことを意識していそうなのはやはり確かだった。
マクロBBBは、俺の記憶の底の方で生きている。潜在意識の隅っこで両手を広げて待っている。
しかし、どんな繋がりが......。

「じゃあ裏面さん、だいぶ記憶をいじられたか......まあ色んな可能性が考えられますにゃあ。困った」

にゃ、にゃあ?!
急に猫キャラ。タキシードを着た紳士キャラかと思ったら本能的には三毛猫なのか。
でもって、俺は何かの衝動で記憶喪失にでもなったのか?
となると、いよいよ普通の大学生ではないかもしれないというトンデモパラレル仮説が一応成立しそうな気も......。ワクワクするな。

「そんで、ミケが出会った頃の俺はどんなんだったんだ」
「んー......や、今とあんまり変わらない様子でしたよ。でも、自分の役割はしっかりと認識していたと思います」

禁断の質問、でもないか。
今から聞こうと思ってるのは、自分自身に関するプロファウンドなことだった。
というのも、ある意味記憶を少しずつ取り戻す旅のようなもので、その一環というか。
とにかく、自分自身のアイデンティティを確立するための会話でもあった。

「お、俺さ。何者なの?ぶっちゃけ」

ミケは、黙ってしまった。
何をそんな当たり前のことを、と言いたげな顔だけして、言わずに口ごもった。
その後10秒ぐらい脳みそを回転させて、1つの結論を導くまではそう長くなかった。
ミケはふーん、じゃあどうしようかしらと言わんばかりに鼻を伸ばして俺に問うた。

「裏面さん、魂くれますか?」

意味が分からない......って昨日から数えて何回言ってんだ。
魂って、何の話だよ。これ以上新しいコンセプトを脳内に埋め込まないでくれ。
でもミケは興奮気味だから、たぶんミケにとっては喉から手が出るほど欲しいものなんだろう。
魂、響きはいいが胡散臭さもある。

「魂って、俺の?どうやってあげんの」

イエスノーでは無く、論点をずらしてその前の手段を聞いた。
するとミケはフムフムと鼻を鳴らして、その後すぐにずいっと顔を近づけてからこう吐いた。

「契約、しましょう。口約束でいいので、わたくしが裏面さんの魂を貰う代わりに、わたくしは裏面さんが何者なのか懇切丁寧にご説明します」

あまりに興奮気味だし、あまりに説得口調だし、あまりに欲求的で気味が悪かった。
本能的にその魂とやらを求めてきているのが妙にキモくて、つい1歩引いてしまった。
ミケはその分近づいてくるが、俺は一旦その巨体を下から蹴り上げて自分の身を守った。

「いっ、たいです!」
「ごめん、ごめん。だって、距離感おかしいんだもん。そんな無闇に俺の魂取ろうとするなよ。」
「そう、ですね、、、?はい。魂、魂......欲しいですね。ダメですか?」

何かを企んでそうな瞳が嫌だった。
そんなに俺の魂は美味しいのか。
だからコイツはさっきからヨダレ垂らしてたのか。
そう考えると、余計にキモイ......。

「ちょ、ちょっと。そんなあからさまに距離空けないでください。わたくし、裏面さんのためなら何でもします。明日のXデーの手助けにゴーストを派遣することも可能ですし、裏面さんの正体だけでなく裏面さんをまず地球に帰すことだってー」

「ーそれ、早く言えよ!」

キョトンとするミケを尻目に、俺はついついそのミケの誘い文句を突っぱねて自分の感情を押さえ込んだ。
グッという音が聞こえそうな程に押さえ込んだ思いは少しずつ大きくなって、それから爆発する寸前でヒリヒリと熱を持ち始めた。
その熱がミケにも伝わったのか、ミケは突然アプローチを増幅させていく。

「あ、ああ、えっと、裏面さん。1度ゴーストプラネットを探索いたしますか?Xデーまでお時間ありますし、地球に連れて帰る分の派遣ゴースト兵士を......たんと強いのをお選びいただけます、多分」

俺は静かに頷いた。その後、

「頼む。魂なら......ああ、2割ならあげてやるから、契約しよう。兵士と、俺の正体と......それでもって、地球に帰れる契約を!」

ミケは大喜びで舞い上がって、今夜はパーティだと言わんばかりの歓声を上げた。
その声に呼応したゴーストが、少しずつ気配を増していくのだった。

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