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成人映画館、今昔

ピンク映画専門雑誌、「PG」の数々の作品紹介や批評を
担当してきた、ライターの「石動三六」氏に、
過去から現在にいたる「ピンク映画とは?」をテーマに
書いて頂きました。

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ピンク映画第一号と言われる小林悟監督『肉体市場』(題名は『肉体の市場』という説も)の公開が62年。

この作品が警察に摘発されるというスキャンダラスな話題でヒットすると、エロを売り物にした低予算映画市場は活況を呈し、三年後の65年には約300本もの作品が製作された。観客が減少する映画興行の救世主。地方や場末の映画館は成人映画の上映でピンチを切り抜ける方向に舵を切っていく。

成人映画専門館の誕生である。
初期の成人映画館の観客は純粋にエロを求めていたに違いない(若松孝二ら前衛的な監督に熱狂した一部のファンなどを除けば)。すでに映像の娯楽の中心はテレビに移っていたが、「茶の間」に向けて煽情的な映像が流れるはずもなく、成人映画館は悶々とする男達の受け皿となっていった。
もちろん今でも僅かだがそういう観客は残っている。横浜西口ニューシネマでは07年の閉館まで受付でポケットティッシュを売っていたが、なにに使うものなのか?は説明するまでもないだろう。

ところがエロ業界に「産業革命」が勃発する。70年代後半からの家庭用ビデオデッキの登場と普及、そしてそれに対応したアダルトビデオの出現である。自宅で手軽にエロ映像を楽しめる。しかも映画よりはるかに過激だ。成人映画館の観客は激減し、流行りものに疎い高齢者が集う養護施設と化していく。
しかし、成人映画館にはもうひとつの側面があった。ここは「男達が安らげる場所」なのである。

             
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本編完全版は、販売誌にて掲載いたしましまので、
よろしくお願いします。

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固くお断り申し上げます。




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