「リーマン・トリロジー」(ステファノ・マンシーノ原作、ベン・パワー翻案、サム・メンデス演出)


NTLの「リーマン・トリロジー」(ステファノ・マンシーノ原作、ベン・パワー翻案、サム・メンデス演出)。コロナ・ウィルス恐怖症蔓延の平日の真っ昼間に超満員。そうだよね、3時間40分(休憩35分)ひたすら面白いもん。起伏に富むボリューミーな物語、西洋版大河ドラマ、そして名優たちの至芸を存分に味わえる舞台芸術の真髄。贅沢だなあ、と何度もため息が出た。

世界最大の銀行リーマン・ブラザーズ発足と2008年に破綻するまでの160年を、たった3人の演者と一つの装置、シンプルなピアノの劇伴で語り切る。先に言っておくと、映画「マネー・ショート」で描かれたようなリーマン・ショックの詳細は一切描かれない。あくまでリーマン一族の興亡が主体である。「あの惨事のことは皆さんもうよくご存知でしょう、わからなきゃググって」というわけだ。ただし、サブプライム・ローンはじめ、ああいったことの起きる精神的風土がどのように醸成されたかについては、不吉な伏線のようにあちこちにばらまかれている。

1844年、ドイツのユダヤ人、ヘンリー・リーマン23歳がアメリカにやってきて、アラバマで衣料品を立ち上げる。やがて兄を追うようにやってきた次男三男で協力しあい、「リーマン・ブラザーズ」を名乗ると、事業を拡大し、時流に合わせて次々と商材をかえてゆく。はじめは実体のある衣料品を売っていたのが、綿花の仲介業者となり、コーヒーに手を出し、投資銀行となり、ウォール街に君臨するや、鉄道に投資し、パナマ運河に投資し、1929年のウォール街大暴落を乗り越えると、戦争に乗じて軍需産業に投資し……。

初代の移民生活を描く第一幕は、昔話を聞くような素朴さ温かみがあり、懐かしき立身出世物語風でもある(フォードの話とか子供の頃読まなかった?)。あと、まるで旧約聖書現代版のいちエピソードのようでもある。ユダヤ移民としての自負と伝統への敬意が、どんなに金儲けに走っても、彼らの根底には横たわっている。だが時代が流れに流れ、「コンピュータ」を売り込むオタクっぽい若者二人が現れ、我々の知っている現代と地続きとなる頃には、ユダヤ人らしさは失われ、代替わりも進み、もはや聖書世界の気配など微塵もない。こうなるとリーマン・ブラザーズの崩壊までもうすぐだ。

3時間40分の上演時間のうちに160年が流れるわけだから、「語り」は奔流のようで留まるところを知らない。だが詩的でパーソナルな“文体”も相まって、人間心理は手に取るように伝わるし、何より、サイモン・ラッセル・ビール、アダム・ゴドリー、ベン・マイルズの三人の芝居力がすごい。これだけ言葉が過剰だと、俳優が操り人形になりかねないところを、ちょっとしたニュアンス芝居だけで、実在する人間としてそこにしっかり立ってしまう。最小の行為や声で最大を発揮し、一人何役もこなしてしまう名優たち、そしていうまでもなくそれを引き出したサム・メンデスの面目躍如であるなあ。積み上げられた段ボールを、素舞台でよく使われるキューブのように扱うんだけど、こういう基本的なものの扱いがシンプルでうまい。背景のスクリーンの活用はスペクタクルではあるけれど、あくまでそこにいる人間、人間、人間の息遣いがきちんと伝わることが最優先。その他の演出も小道具もそのためだけに存在する。大掛かりな物語でも、人間らしさの演出に誠実に取り組んでいる感じ、すごく勉強になりました。

NTLは「夏の夜の夢」「イェルマ」「エンジェルス・イン・アメリカ」ほか、大傑作と呼ぶに躊躇しない舞台映像ばかりを見せてくれて、本当に感謝してる。今回の「リーマン・トリロジー」も示唆に富む舞台なので、演劇だけでなく映像の演出家もぜひ見て、何かヒントを得て欲しい気がしました。


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