第140回往復書簡 蝉とすずめと、9時半
石田千 → 牧野伊三夫さんへ
目が覚める直前に、父の夢を見た。
母と三人で、台所にいた。父はあたりまえに生きていて、あんパンをトースターで焼こうとしていた。
このところ、心配ごとがいくつかあったから、案じて夢に来てくれたんだ。ごめんね、ありがとう。うれしく、かなしく、やわらかい朝になった。
身じたくを終えて、現実でもパンを焼く。こちらは、トーストを網で焼く。
巣ごもりがはじまってから、パンの焼けるのを待ちながら、スクワットをするようになった。はじめは、10回がやっとだった。いまは、30回。
20回は肩幅で、最後の10回は、もうすこし足を開いて深く。股関節がぷるぷるする。
青空を流れる雲を見る。蝉が鳴いている。あげは蝶がひらひらといくと、やっぱり。けさも、すずめが見物にきた。
気づいたのは、梅雨のころ。一軒おくのビルの屋上の柵にとまって、見物している。胸の羽毛が、しろくてきれい。とおくからの視線を感じながら、30回。
スクワットのあとは、伸びをしたり、腰をまわす。そうなると、すずめは、もういいやと飛んでいく。人体が、上がったり下がったりするのがおもしろいのかな。キッチンタイマーがピーピー鳴る。
ふしぎなのは、外出する日と在宅の日で、スクワットの時間はちがうのに、かならず、飛んでくる。人間が、窓辺にきたよ。そろそろ、はじめるよ。仲間が、教えているのかもしれない。雨の日は、こない。さびしい。視線があるから、はりきっているところがある。
毎朝、ちゃんと。蜂のパトロールも、続いているので、ベランダに出るときは用心しなければいけない。
ひとは、タイマーがあったり、約束があったり、かなりがんばって、無理もして、毎日ちゃんとを続けているのに、すずめや蜂は、身ひとつでできる。えらい。
パンが焼けて、紅茶をいれて、いただきます。おいしい、うれしい。
すずめも、おいしい、うれしいと思うのかな。思うなら、いいなあ。トーストをかじる。
牧野さん、御礼が、遅くなりました。
『箸もてば』文庫、無事に校了出来いたしました。
今回も、たいへんお世話になり、ありがとうございました。
牧野さん、有山さん、筑摩書房の豊島さん、解説を書いてくださった坂﨑重盛さん。みなさんのおかげで、ずっと部屋にいたのに、仕事ができました。幸せです。
蝉鳴いてすずめに見られてスクワット 金町
(8月5日金曜日)
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