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第108回往復書簡 へんてこクリスマス 第二回

石田千 → 牧野伊三夫さんへ

 ……よかったじゃないの。なにが不満なの。
 画面のなかの母は、首をかしげてきく。
 いままでの携帯電話が使えなくなるの機に、スマートフォンに切り替えた。テレビのリモコンでさえ、緊張して力いっぱい押しているような母。だいじょうぶかなあと心配していたら、近くにいる母のいとこのみっちゃんが、いっしょに行ってくれた。ついでに、スマホ教室にも申し込んで、ついにおたがいの顔を見て、話せるようになった。ほぼ二年ぶりの対面に、娘は泣いたけど、母は、無事につながったことのほうを喜んでいた。
 きのうは、大ちゃんに、となりにくること、お母さんにいってもいうねと宣言した。黙っているのもおかしいから。そういうと、もちろんだよといって、すぐさま母に電話してくれた。
 電話でのあいさつで、申し訳ないですと謝った。母は大ちゃんが大好きで、顔を見て話せたから、それだけで声が高く、はりきっていた。よかったわねえ、よろしくねえ。くりかえしていた。
 舞いあがっていたけど、ほんとうにだいじょうぶなんだろうか。あらためてかけたら、なーんの心配もしていなかった。
 ……あのね、よしの。わたしは、結婚とかプロポーズとか、入籍とか妊娠とか、順番をくどくどいうようなことは、ぜったいしないから。大輔さんにも、考えがあるんでしょう。まあ、こんなときだし、なりゆきで進めてごらんよ。
 なんでも、お見通しなんだった。そうだね。電話を切った。
 だれに相談しても、お母さんとおんなじことをいうだろうな。でも、どうして、うきうきわくわくしないんだろう。これも、こんなときだからかなあ。
 となりの部屋から、ゴゴゴと音がして、壁をぼんやりながめる。
 おとなりのご夫婦が越して、壁ごしに内装整備の音がする。クリスマスからは、大ちゃんの生活の音をきくようになる。
 契約のとき、大ちゃんは、大家さんに、へんてこな交渉をした。自費の工事で、ふた部屋のベランダの防火壁をはずす。退去時には、自費で現状復元する約束をとりつけた。
 ……引越したら、休みの日は、よっちゃんとベランダでごはんが食べられるんだねえ。
 ものすごく、うれしそうだった。
 いつまで、室内はべつべつにする気なんだろう。そうして、大ちゃんは、来週シマネコ運輸退社したあとは、どうするつもりなんだろう。お店のめどもたたずにやめて、だいじょうぶなのかなあ。引越しより、仕事が先なんじゃないのかなあ。
 お母さんがスマホ教室を楽しみにしているみたいに、大ちゃんが引越しにむけてさくさく準備しているみたいに、紅白歌合戦の蛍の光からゴーンと除夜の鐘が鳴り響くみたいに、うまく切り替えられないのは、どうしてなのかなあ。
 壁にもたれて、西日のさしてきたベランダを見る。景色は、たいしてよくない。おんなじようなアパート、道を歩いているひと、お月さまだけは、きれいか。ふたりで、お月見できるか。それだけ、ちょっと楽しみになった。
 ……まあ、なりゆきですね。はい、なりゆきで進みます。
 こいびとは、サーンタクロース、ぽにょぽにょの、サーンタクロース、とーなーりーのーへーやーにー、くるー。歌いながらお茶をいれて、昨日買ってきたチョコ饅頭を食べた。

 (12月24日金曜日)

 

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