第40回往復書簡 照り焼き、19時45分
石田千 → 牧野伊三夫さんへ
夏が終わったので、伸びた髪を切った。
風呂場で、髪をぬらして、櫛でとかして、裾から5センチにむすんだ束をよっつ作って、ちいさな鋏を持つ。
うしろを切るのは、生まれてはじめて。緊張していたけど、すぐ終わった。鏡をみると、もっと短くてもいい。また5センチの束にして、じょきじょき。
ひとり断髪式をすませ、そのまま風呂にはいって、さっぱりした。
いろいろ持病があって、電車に乗って美容院にいくのは、むずかしい。それでも髪の毛は、容赦なく伸びる。駅前の薬局で、ちいさな鋏を買った。枝毛用だったけど、しっかり働いてくれた。
坊主頭のひとたちは、じぶんでバリカンでじょりじょりやるんだよというのを、たのしそうと思っていた。いつも、いじわるばあさんのお団子にしているから、がたがたでも支障ない。それでも、いままでていねいに切ってくださっていた美容師さんに申し訳なく、かくかくしかじか。こんどうかがうときは、密林の手入れになるのでよろしくお願いしますとメールをした。
髪がみじかくなってよかったのは、シャンプーの節約。それまでは、ポンプを2回押して、洗っていた。切ったら、1回でたりる。
このところ、洗剤類の減りかたが加速している。先週買ったのに、もうわずかということもある。シャンプーとリンス、浴用石鹸の容器は、詰めかえるときに、洗って乾かす。掃除用の洗剤は、その手間が追いつかなくなってしまって、いいや、そのまんま。少なくなったら、つぎ足す。腹をくくった。
ほんとうは、洗いたいんだけどなあ。のこり1センチくらいになったところに、じょぼじょぼいれる。このときかならず、焼き鳥やさんのおおきな甕を浮かべる。神保町にあった名店にうかがったとき、焼き鳥のたれは、開店以来毎日火にかけ、つぎたして使っていると教えていただいた。
湯舟でぼんやり、焼き鳥、半年食べてない。牧野さんは、ちゃんと串をうって、七輪で焼くとのことだった。残念ながら鶏肉はないので、ブリカマを照り焼きにする。全裸で折りあいをつけた。
そうして台所に立ってみると、気がかわって、ブリはバルサミコ酢のソテーとなった。
にんにくの香りがしたところでブリを焼いて、バルサミコ酢としょうゆをからめる。日伊合作の照り焼き。粒マスタードもあう。
食べて洗って、あとは寝るだけとなって、電話をした。無事にしているかと、連絡をくれて、おさけ一杯ぶんのおしゃべりのつもりが、三杯になって、夜更かしをさせた。
電話のむこうの晩酌は泡盛のロックときいて、高温多湿きわまったこの夏、泡盛を飲まずに終わってしまったと嘆いた。とりかえしのつかない、あほうものだった。
のむなら、石垣島の白百合。ひんやりした甕をのぞいたような、土の香のするおさけ。
しろめしに照り焼きならべ秋きたる 金町
(9月11日金曜日)
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