第86回往復書簡 おたのしみ会、17時
石田千 → 牧野伊三夫さんへ
雨がつづいて、おおきな災害がおきている。いまはなにより、太陽が待ちどおしい。
おとなりの庭をはさんで、ひとつむこうの通りは、会社のビルが建っている。非常階段に面していて、窓はない。先月の晴れた日、5時のお茶をぼんやりのんでいたら、ビルの壁に、うちのベランダの影がうつっている。ちはるちゃんの木と、オリーブの木と、ものほし竿。影は、とてもおおきい。
気がつかなかったなあ。
そうしたら、うえの階に、ひとかげがふたつ。おとなと、こども。
おとなは、からだをごしごし拭くしぐさをはじめた。となりのこどもも、おなじようにはじめた。拭き終わったおとなは、こどものあたまを、ごしごし拭いた。そうして、子どもの足のうらをはたいて、なかに入れた。それからじぶんの足のうらをはたいて、中に入り、身をのばして、タオルを2枚、ものほし竿にひっかけた。
まぶしい、おおきな幻燈。
うえには、こどもが住んでいた。ときどき駆ける足音は、あの子なんだ。
ああ、たのしかった。
そうしたら、こんどは、ふたつうえの階の洗濯ものが動きだして、ひとりあらわれた。てきぱきたたんで、かごに入れて、さっさとなかにはいった。
そのうえの階は、ビルの壁がたりない。うちのしたの階は、影で暗い。新聞の漫画なら、三コマめ、うちで終わりになる。影というのは、とても饒舌なものだった。
よそのうちをのぞき見たけど、顔はわからない。廊下であっても、わからない。
おなじ間取りに、いろんなひとが暮らしている。
みなさん、ご無事でいてくださいね。
小学校の夏休みの夜、夏のおたのしみ会があった。体育館の壁におおきな幕が張られて、みんなで映画を見た。こどもは、夜に校庭にいることのほうがうれしくて、映画の記憶はない。
練馬の豊玉南小学校、夏休みは草むしりがたいへんだったけど、いろんな行事を考えてくださった。校庭に消防車で水をまいて、ドジョウを放ち、つかみどり。そういうのもあった。
きょうは、ビルの壁には雨がしみて、ひび割れがくっきりあらわれている。
父と子の影もはりきる夏休み 金町
(7月9日金曜日)
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