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第44回往復書簡 ラジオ、6時から

石田千 → 牧野伊三夫さんへ

 古楽の楽しみのこと、うれしく拝読しました。
 牧野さんと、窓辺の時間を連載していたころは、5時に起きて、書いて、古楽の楽しみをきいていた。やっぱり、関根敏子さんのお声は、いちばん長くきいているから、しっくりくる。
 お茶をいれたら、電灯を消して、むかしの朝にする。晴れた日もいいけど、暗い雨ふりで、すこしずつ部屋がしろっぽくなるのがいい。残念なのは、ラジオ体操の時間とかさなっている。とちゅうで、元気に10分動いて、またしんとした時間にもどる。彼岸もすんだし、そろそろ5時起床にもどしてみようか。夜の1時間より、朝の1時間が長いほうが、ずっとしあわせと知っているのだから。
 雨ふり、肌寒いきょう、はじめてウールのカーディガンをかさねた。冷房対策に、衣がえのときもしまわないである。身につけたとたん、背の緊張がほどけて、秋のからだになれる。カーディガンは、なんともたのもしい。
 青木隼人さんの、日田。CD製作に、すこし参加することができて、縁の輪に集うよろこびを、また学んだ。
 会社勤めをやめてから、ずっと肩ひじ張って書いてきた。
 きのうより明日は、すこしはよくなるように。もっと、よくなるように。そう思って、50まぢか。なにが、どんなふうによくなればいいのか。なにも考えずに、走ってきた。よくなりたいのは、ひとりよがり。声をせかして動くえんぴつを、ひらたい目で見るようになった。
 牧野さんとのお仕事は、雲のうえのときも、日田や飛騨のときも、ひとの輪が動力。車輪にたとえるなら、ひとりの仕事は三輪車くらい、みんなで働くと機関車くらいになる。おおきな車輪にまざるたのしさは、会社をやめて遠ざかるばかりだから、ほんとうにありがたく、ふたつ返事でご一緒させていただいた。そうして、そのたびに、ひとりよがりのとんがりに、やすりをかけていただいた。
 青木さんのCD日田で、牧野さんは絵を担当されている。曲の命名についての依頼は、青木さん、リベルテの原さんから、それぞれにいただいた。
 機関車の車輪の縁から、あたらしい輪がうまれた。こんどは、オルゴールのなかにあるような緻密な歯車みたいだった。ことばが、音色のじゃまをすることを案じたけれど、縁の流れにきもちよく心身を浮かべて書いた。
 このCDは、古楽ではないけど、古楽とおなじ、自然光のなかに咲いている。
 雨の朝も、晴れた朝も、その日の音楽として、部屋にあらわれる。
 ことばも、そんなふうにあれば、いちばんいいな。
 ぶらぶらとぼとぼ、歩いていけば、いつか見つかるかしら。

  霧雨にギターの満ちて秋の朝  金町

  (9月25日金曜日)


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