第119回往復書簡 足立山(日記と手紙)
牧野伊三夫 → 石田千さんへ
猿になって描く
デザイナーの杉坂和俊君から、都内のブティックで布バックを作るための、猿と自転車の絵を頼まれる。自転車の方は、ブティックのオーナーが乗っているものを描いてほしいので、後日資料を送るとのこと。猿の方は、どんな猿かとたずねると、ニホンザルだという。なんでも、そのオーナーがニホンザルに似ているからという理由であった。
一か月ばかり経った頃、両手放しをして足をひろげ、その自転車に乗る猿の絵を描いて送った。ところが、こういう可愛らしいのではなくて、もっと荒々しい、抽象的な絵にしてほしいと言う。抽象画にすると、もう猿とも自転車ともわからなくなるが、それでもよいかと聞くと、かまわないとのこと。最初から、そうはっきり言えばいいのにと伝えると、電話の向こうで平謝りしていた。まァ、とにかく、描くよりほかない。頭に自転車と猿を思い浮かべながら画紙に木炭を走らせてみる。ところが、描いている途中で体に異変がおこった。描くとき、キィーッ、キィーッ、とか、ウオッホッホとか、猿のように奇声をあげて描きはじめたのだ。いつしか自分自身が、興奮した猿になってしまい、もう人間にもどれなくなるような気がするほどだった。
しかし、思えば、これまで心を無にしたり、音楽家の演奏と即興をしたりして心を遠くへもっていって描いたことはあったが、動物になってみたことはなかった。絵との向き合い方としても新鮮で、描きあがった絵も、杉坂君とオーナーに喜んでもらえた。さて、このまましばらくアトリエで猿になってみるかと、今度は来月の個展のための絵を描いている。
(2月28日月曜日)
東京・白金のOFSギャラリーでの 個展案内チラシのラフスケッチ
「SOMBRELOの布バッグのために」
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