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第75回往復書簡 足立山(日記と手紙)

牧野伊三夫 → 石田千さんへ

 サボテンの花

 サボテンの蕾がひらく。毎日見ていたがほとんどその変化は分からず、いつ咲くのかと待ち遠しかったが、忘れたころに咲いてはっとした。鮮やかな朱色の花弁はまぶしく、ゴーギャンがタヒチで描いた女たちの髪飾りを思わせる。朝、僕は、小鳥たちの鳴き声を聴きながら、五年ぶりに咲いたこの美しい花をいつまでもボンヤリ眺めていた。そしてまだ行ったことのないタヒチへと思いを馳せこもれ陽に黒い肌を輝かせる女たちの姿と陰鬱な表情の画家の姿を思い浮かべていた。

サボテンの花 2021年4月24日

              サボテンの花

 はこしま

 福岡の林舞さんから依頼されていたロゴマークと包装紙がようやく出来あがる。林さんと僕とは同じ小倉の出身で、十五年ほど前に知り合った当時は、京都で『ぱんとたまねぎ』というパンに関するフリーペーパーを発行していた。このフリーペーパーの名の由来は「お前とならば、パンとたまねぎだけの貧乏暮らしでかまわない」という、スペイン人がプロポーズするときの言葉らしい。そんなふうに言われたかどうか知らないけれども、やがて林さんは福岡のデザイン学校で教鞭をとる服飾デザイナーの尾畑圭祐さんと結婚することになり、イラストやデザインの仕事をしながら二人の子供を育て、家の庭先で小さな雑貨店などをやっていた。
 そんな折、福岡でながらく絶えていた「箱崎縞」という織物を圭祐さんと復活させて、その生地を使った洋服の工房と直売店をはじめることになったから、ロゴや包装紙、紙袋なんかを作ってほしいと連絡がある。彼女自身、絵も描くし、デザインの仕事をやっているから、自分でやってはどうかと返事をしたのだが、夫と相談してもう決めたのだという。僕が下関に描いた壁画を夫と見て、そんなことになったらしい。屋号は「メゾン箱縞」。フランスではファッションブランドのアタマに「メゾン」とつけるので、それに倣ったという。
 箱崎の町には、日本三大八幡宮のひとつ「筥崎宮」がある。二人はこの神社で結婚式を挙げたが、ここでは、昔から土製の鳩笛を分けていただける。店を作るにあたってお詣りに行ったとき、二人はこの鳩笛をロゴマークのモティーフにすることに決めたらしい。僕はまだ見たことがなかったので、いくつか送ってもらって、毎日、手のひらにのせて向きをひっくり返したりして眺めていた。
 鳩といえば、鎌倉の豊島屋の「鳩サブレ」が有名だし、ピカソなんかもよく描いていて、すでに多くの人に鳩と言えばこんな感じという型があるように思われ、さて、新たな鳩のイメージを描くとなるとなかなか難しいなと頭を悩ませた。また、犬や猫のように人の暮しの近くにいるので、斬新さを競うファッション業界で用いるには、いささか地味なモティーフではないかとも心配した。洒落っ気を演出するために、かつらをかぶせたり、香水瓶を持たせたりするわけにもいかないだろう。どうしたものかとスケッチを繰り返していたのだが、今年のはじめ頃、なんとか思うような鳩を描くことができた。そして、その鳩の絵に欧文書体のヘルべチカをあしらってロゴマークを作りあげた。
 直売店の方は、箱崎縞で作った服や小物を売るほかに、コーヒーや茶菓子なども出すらしく、こちらは、気安い雰囲気になるようにと、平仮名で「はこしま」と屋号を筆書きにする。
 先日、その入り口にかけるホーローの看板が完成したと写真が送られてきて、僕は、いよいよだなと胸が高鳴った。五月六日に開店だというので駆けつけたいが、残念ながら、いまは行くことができない。晴れて店を訪ねる日を待つよりほかない。

看板 撮影/林舞

包装紙 撮影/林舞

箱縞 タグ

    メゾン箱縞の看板、包装紙、タグ(看板と包装紙の撮影/林舞)

 十円玉のはなし

 もうすぐ、絵本ができあがる。十円玉が人の手から手へと旅をするというたわいない話だが、話を考えているうちに、いつしかその行先が、街でギターの流しをするギター弾きの男が着ている服のポケットになった。ギターケースに投げ銭された十円玉が、男と一緒に電車に乗って家に帰るのである。
この絵本の話ができあがった頃、装丁を音楽家の青木隼人君にお願いすることに決めた。そして最後のページに、ギターをかついで電車に乗っている男の姿を描くとき、僕は演奏を終えて帰宅する青木君の姿を思い浮かべた。
 先日、編集者から、帯もつけてほしいと連絡があって、ふと、そこになにか青木君の言葉を書いてもらおうと思いたった。そして、快諾の返事をもらい、お礼を言う段になって、さらに名案を思いつく。読者葉書のプレゼントに、抽選で彼のアルバムも送ることにしたのである。「日田」というギター曲集だが、ジャケットの表紙に僕が描いた絵があり、中のライナーノーツには千さんの素晴らしい文章も収録されている。
 このアルバムをかけて絵本を読んでもらえたら、どんなにいいだろう。絵本に登場する青木君を見て、ギター曲に耳を傾けている人の姿を想像してみる。

絵本のなかの青木君

             ギターを抱えた男

(4月26日月曜日)

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