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第98回往復書簡 きのこ、15時40分

石田千 →  牧野伊三夫さんへ

 台風の日。ことしの台風のなかで、いちばん風が強い。雨は、左からみぎへ、真横に降っている。ベランダの鉢植え、ちーちゃんの木は、夏にぐんと背丈がのびたので、連獅子のようにぐるんぐるん。オリーブは、枝葉に均等に風がとおるから、動じていない。
 くるとわかっていたから、食べるもの、切らしてはいけない洗剤を備えた。月曜日までは、出ない。ただひとつ、柿ピーを忘れた。クラッカーを、大事に食べないといけない。
 9月にきた台風の、翌朝。カーテンをあけて、オリーブの鉢をみると、しろいきのこがひとつ、ひょいと出ている。かたちは、しめじ。きのうの夕方、カーテンをしめるときは、気配もなかった。ひと晩のうちに、あらわれた。雨風にのって、胞子が飛んできたのかなあ。鉢植えにきのこがはえたのは、はじめてだった。
 松の木にはえたら、松茸。オリーブにはえるものは、なんだろう。イタリアやスペインあたりでは、リゾットとか、パスタ、よろこんで食べられているものかもしれない。そう思って、もちろん食べない。増えたらこわいから、散らばった葉っぱをひろったとき、ビニール手袋をしてつまんで捨てた。
 その日いらい、雨あがりの朝に、おんなじきのこを見ることがある。ベランダで、秋のキノコ狩りができるようになってしまった。
 ほろっとつまんで、山ならたのしいのになあ。まえに、富士山できのこ狩りをしたときは、5合目のお茶やさんのお母さんに、とってきたきのこを見せると、これはだいじょうぶ、これは毒。よりわけていただいたものを、味噌汁やきのこそばにした。富士山のきのこは、よその山よりおおきいときいた。あざみの花も、かんぞうの葉っぱも、特大サイズ。そのおどろきは、はじめておおきなプードル犬を見たときのようだった。
 来週は、舞茸で炊きこみごはんもいい。秋田の山内にいったときの芋の子汁には、ずいき芋の子芋と、せり、鶏肉、そして天然の舞茸が入っていた。雨の日に、しろおむすびがたくさんならんで、大鍋にお味噌汁が煮えている。これより、しあわせなことはない。
 かつて、実家では、母が山で唯一わかるという、すぎひらたけをよく食べた。味噌汁や、煮ものにいれていた。ところが、ある年から、すぎひらたけは中毒をおこすきのこに変化して、食べられなくなった。きのうはなくて、きょうはいる。去年はだいじょうぶで、ことしはだめ。自然が決める境界は、ひとの目には見えない速度で進む。
 オリーブの鉢土は、いまはなんにもいない。明日の朝、ムーミンのニョロニョロみたいに、びっしりいるかもしれない。こわい。


 なつかしき秋の山内しろむすび   金町

  (10月1日金曜日)

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