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第151回往復書簡 絵の具

牧野伊三夫 →  石田千さんへ

 立川の世界堂でラファエルとホルベインの油彩画用の筆を買う。それに、銀色のアクリル絵の具。「雲のうえ」の表紙の絵を描くのに、なぜだか銀色を使いたいのだ。イタリアのBRERAのを買いたいと思っていたがなかった。新宿の本店でないと置いていないのだろう。それでリキテックスで間に合わせることにしたが、濃いのと薄いのとがあって、普段使うことのない色だから、どちらを買うべきか迷ってしばらく絵の具棚の前にしゃがんでいた。
 あと、瓶詰の膠、アラビアガムも買う。こちらは絵具を作るための接着剤だ。さぼり性の絵描きには、このごろチューブ入りの絵の具が、かけっこのときにピストルのように思えてつらくなってきた。さぁ、早くチューブから絞り出して描け、と命じられているような気がするのだ。それで接着剤に土やら炭やら混ぜてなんだかドロドロした得体の知れない絵の具を作るようになった。きっとピアノ弾きなんかも、ピアノから逃亡したいと思う日があるにちがいない。
 帳場で店員が、細長い紙袋にふっと息を吹きかけて口を開いて絵筆を滑り込ませる姿を見ると、ああ画材屋に来たなという気がする。「会員カード、お持ちですか。」そう聞かれて家に置いてきたことに気づいたが、僕はそもそも画材を買うのに、なんとなくそんなものを使いたくない。
 さて、いよいよこれから今年最後の個展だ。そう思ってアトリエに入るが、ずいぶん日が短くなったから、お昼を過ぎるともう夕方の気配がして、七輪に鍋をかけて酒を飲むことばかり考えている。
 千さん、今年は来られるかな、、、、、、。
 (10月17日月曜日)


秋田風景

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