見出し画像

第74回往復書簡 てふてふ、正午

石田千 → 牧野伊三夫さんへ

 ひなたで、お昼のニュースをきいていたら、ベランダをちょうちょが通っていった。鳥や羽虫は見ていたけど、この春、さいちょのちょうちょだった。
 
  てふてふひらひらベランダすぎた
  金曜正午いま起きました紋白蝶      金町

 朝起きて、身じたくのとき、いちばんむずかしいのは、前かけのちょうちょ結び。毎日むすんで、いちどですんだことはない。
 たいてい、きつくむすびすぎて、三歩うごいて、やりなおす。まえは、てきとうに結んでいたけど、やせて、ちょうちょ結びがでっかくなって、あちこちぶらぶらあたる。それで、ちょうちょ結びをしたら、着ものの腰ひものようにからげる。できあがりは、腰の左がわに、ちょうちょではなく、芋虫みたいなだんごがある。
 ついこのごろまでは、きゅっとむすぶと、しゃんとするからと、きつくむすんだ。いまは、ゆるくおおきくむすんでから、からげたほうが、ほどけにくいとわかった。
 きっちり、ゆるーく。それだけのことだけど、腰にこもる気もちがちがう。春になって、からだをいたわることに気をむけるようになれた。
 午後になって、買いものに出た。女の子たちは、ひらひらの春の服。つやつやの髪をなびかせ、信号をわたる。となりのおばさんは、ひっつめ髪に、いまだ毛糸の帽子、タイトスカートで、ぽきぽきわたる。見るからに、感染防止の服装はつまらないけど、それで安心できる。ユニフォームと思うようになった。
 さいしょに、コンビニエンスストアにいって、タオルを一枚、柿ピーをひと袋買った。先週から、買いもののたびに、1枚ずつ買っている。いまは、4枚め、あと3枚ほしい。
 1年以上つかっていた薄手のタオルは、さすがにうすよごれた。除菌作業で酷使して、ほんとうにぼろぼろになるまで使った。あたらしくしようと思って、洗剤やアルコールや、ほかの買いものがたいへんで、あとまわしになっていた。いままで買っていたお店のものは、むきだしで売られていてあきらめた。タオルだけを通信販売で持ってきてもらうのも、申し訳ない。そうしたら、灯台もと暗し、コンビニエンスストアに、袋いりのタオルがあった。ためしに、1枚買ったら、薄さ、やわらかさ、とてもいい。
 あたらしい、しろいタオルが、日ごと棚に積まれていく。
 そして、いままで使っていたものの傷みがせつなく、いとしい。
 実家の近所の、おまんじゅうやさん。だいすきな、たこはち。たのしかった温泉。名まえのはいったタオル、年末年始、どこにもうかがわず、いただけなかった。
 あたらしいタオルは、しろい無地。近所で、いつでも買いたせる。
 この春は、去年の春より、ずっとやわらかい。                やわらかいから、かなしい。

  てふてふをまねして午後の風にのる   金町

 (4月16日金曜日)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?