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第212回往復書簡 ハンバーグ、11時45分

石田千 →  牧野伊三夫さんへ

 なんとか大寒をのりきり、1月が過ぎていく。
 タートルネックのセーターも、ズボンも、平気で外出できるようになったし、ダウンの上着のしたに、ダウンのベストも着ている。もちろん、帽子とマスクは、欠かさない。それなのに、この冬のほうが、身をちぢめて歩いている。
 きのう、用事ができて、上野に出かけた。広小路の交差点に立ったときのまぶしさには、まだお正月の華やかさがあった。平日なのに、たくさんのひとが、おおきな袋をさげて信号を待っている。
 用事はすぐすんで、お昼どき。
 去年、いちど入っていた洋食やさんにいくと、残念、定休日。まえは、年中無休と記憶していた。世のなかは、さまざま変わる。
 うなぎ、食堂、中華、おそば。上野から湯島のあたりは、いろんなお店でたのしく過ごしていたけれど、安心できるお店というと。信号を待つあいだめぐらせ、レストラン。ランチにも、いったことがあった。ハンバーグ、おいしかった。
 まっしぐらにむかって、もうひとつ信号を渡る。開店前のお店には、3人のかたが待っていらした。ならんでいらっしゃいますか。たずねると、男性が、女性おふたりに、おさきにどうぞと声をかけた。
 お昼は、いつもならびますか。4人めとなって、まえのかたの背なかにたずねる。最近、すごく混むようになったんですよね。
 だって、おいしいもの。だって、シェフがやさしいもの。
 そう思ったら、ご本人が扉をあけてくださった。4年ぶり、眼鏡をかけるようになられたんだ。カウンターに案内してくださるとき、ごぶさたしていました。ご記憶でしょうか。ずうずうしく、たずねた。もちろんです。にっこり笑ってくださった。
 たっぷりのサラダ、デミグラスソースのハンバーグ、ロゼをグラスで。コーヒーとデザート。シェフは、手際よく、作って、サービスしていく。
 あっというまの満席、窓のむこうに、ならんでいるかたが見える。
近所のおなじみさんは、さっさと食べて、コーヒーをくいっと飲みほし立ちあがる。東京のひとのやさしさ、かっこいいな。もともと、ランチに外食をする機会はすくなかった。巣ごもりあけのお昼どきは、なにもかもがすてきだった。
 まねして、コーヒーをくいっと、おいしかったです、またきます。立ちあがった。
 きょうも、会いたいひとに、お会いできた。
 きょうも、うれしかった。

  まっさおな上野の空やハンバーグ  金町
  (2月2日金曜日)

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