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第94回往復書簡 ガーゼと手ぬぐい、15時8分

石田千 → 牧野伊三夫さんへ
 
 ことしは、9月1日をもって秋になりました。きょうも、そういう雨降りがつづいていて、せみも鳥も鳴かない。先週までは、外出のとき、首のうしろに冷却シートを貼っていた。
 首に巻く、手を拭く。いつも手ぬぐいが2枚いる。首に巻くのは、牧野さんのあおい手ぬぐい、手を拭くのは、大竹伸朗さんのむらさきのニューシャネル。昨年からこの2枚がおまもりになっている。
 巻いて、ポケットにいれて出かけて、帰って、洗って、かわかして、すぐかわいて、つぎの外出にそなえる。
 ずいぶん色は褪せたけど、どちらも破れもほつれもない。やわらかく、くたっとなって、きもちがいい。手ぬぐいはたくさんあるのに、この2枚ばかりつかっている。
 もう1枚、おまもりがあって、寝るときに目のうえにのせる。
 スソアキコさんに、誕生日にといただいた。白地にエメラルドグリーンやシルバー、ピンクのやさしいもようは、ちいさいころ大好きだった宝石箱というアイスクリームみたい。バニラアイスに、きれいな色の氷の粒がはいっていた。
 ガーゼのハンカチを、半分半分半分にして、のせる。やわらかさと、ほどよい重さに安心して、のせると同時にすとんと寝ている。アイマスクをしていたときもあったけど、毎日マスクになってからは、耳もつかれて、寝るときくらいははずさないと。そうして試したら、こちらのほうがずっとよかった。
 三枚のおまもりを1年以上つかって、布というのは、ほんとうにながもち。いままでずいぶん、ぞんざいに使っていた。だから、たくさんほしかったんだなあ。着て出なくなった、たくさんの服。ひらひらや、ふわふわのワンピースたち。もう、着ることはないんじゃないか。かなしい気もちが湧いてくる。それでも、手放せば、もっと悲しくなる。それで、そのまんまになっている。
 あたらしい服も買わず、靴もまだ、それまでのものでやりくりしている。
毎日全力でくらし、ばったり寝る。夏の衣がえも終わらないうちに、また衣がえの季節がきてしまった。
 今夜は、ひさしぶりに煮込み料理。おにくやさんのお母さんが、豚のロースをぶあつく切ってくれた。1枚270グラムだった。焼いてから、レンズ豆とにんにくと香草で煮込む。

  長月やうすき瞼に闇のせて   金町

  (9月3日金曜日)

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