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第188回往復書簡 遠出、9時

石田千 →  牧野伊三夫さんへ

 牧野さん、お誕生日をむかえられましたね。おめでとうございます。
 お誕生日は、じぶんだけの元旦。あたらしいお気もち、湧かれることと思います。すこやかに、たのしい一年になりますよう、お祈りしています。
 お誕生日の翌日は、遠出でした。電車のなかで、きのうは牧野さんのお誕生日、そう思いながら夏の緑をながめていました。仕事先に着くと、ことしはじめて、かぼそい蝉の声。そうして、夏の富士山。うす曇りでしたが、すっきりと見えました。銭湯画の色ではなく、海の色をうつしたような、深い青でした。
 牧野さんは、足立山やヤブクグリ、山に親しんでいらっしゃる。富士山は絵にされたことはありますか。
 子どものころ、夏休みに山梨の忍野というところにいきました。富士山をながめるというのが目的でしたが、小雨で、みえなかった。
 家族4人で散策をして、ほたるぶくろや野あざみを摘んら。押し花にして帰って、絵日記に貼りつけました。
 ……こんなに喜ぶなら、もう一泊すればよかった。
 うしろで母の声がきこえて、はしゃぎすぎて、悪いことをしたような気がして、摘んだ花は、すこしきりでした。
 もうひとつ。おとなになって、登山の取材。こちらも、山頂は霧でなにも見えなかった。そうして、のぼりよりも、下りの砂走が、いちばんつらかった。ころがり下るなか、あざみの花を見ましたが、とてもでっかい。
 アーティチョークみたいでした。どちらも、あざみ。
 富士山のあざみは、食べられるのかなあ。

  富士見えずほたるぶくろを握りしめ 金町
  (7月14日金曜日)

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