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第167回往復書簡 『塩男』

牧野伊三夫 →  石田千さんへ

 二冊目の絵本『塩男』を校了する。糸島半島で海水塩をつくるの平川秀一さんをモデルにした作品。海が陸にあがって釜で炊かれて塩になる、というだけの話であるが、絵本を描いていると、幼いころのふわふわとしていた自由な創造力が蘇ってくるのが楽しい。
 昨年の春、取材のために平川さんの製塩所が保養所として利用している一軒家に一週間ほど泊まり、毎朝浜辺を散歩したり、製塩所へ行ったりして絵を描いた。そのとき海でとったばかりのワカメとヒジキをいただいたのだが、それまで僕はヒジキは海の中でも黒い姿をしていると思っていて、とれたてが緑色であることを知らなかった。それを岩場でとってきたカラス貝やニナと炊いて汁にしたり、海藻サラダにして、塩むすびをほおばりながら食べたのは、とてもうまかった。
 糸島半島は母が小学校に通った場所で、幼いころから身近に感じていた。この学校では、夏休みが終わると、どれだけ日焼けしたかを競う「黒んぼ大会」というのがあって、母は一等賞になったことがあるらしい。それから、担任の先生が学校に宿直する日があって、みんなで布団をもって泊まりにいったこともあったという。昭和十五年生まれの母たちの時代は、なんともおおらかだなと、うらやましく思う。
 潮流のせいであろう、このあたりの海は玄界灘のなかでも、ひときわ青々として美しく、夏になると松林のなかに海の家が建つ。もちろん魚もうまい。今年の夏は、ひとつ、この絵本をもって糸島へ行き、平川さんの子供たちに朗読して聞かせよう。それから久しぶりに海で思い切り泳ぎたい。
  (2月13日月曜日)

糸島半島スケッチ 2022年(1)
糸島半島スケッチ 2022年(2)
『塩男』あかね書房 2023年3月

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