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第77回往復書簡 足立山(日記と手紙)

牧野伊三夫 → 石田千さんへ

コーヒーの木

 盛岡の公会堂のそばに、「ひめくり」という雑貨屋があり、数年前にこの店の壁を借りて個展をやった。店のすぐ前には緑の土手に囲まれた中津川という小さな川が流れている。北上川の上流のこの川には、季節になると産卵のために鮭がのぼってくるという。鮭が川で泳ぐ姿を、僕はまだ一度も見たことがない。
 ひめくりでは、毎年春になると、画家たちが絵を描いたオリジナルのTシャツの展覧会をやっていて、昨年から僕も声をかけてもらうようになった。たしか昨年の絵のテーマは自由で、僕はホヤを描いた。個展のときに盛岡で食べたホヤがあまりにもおいしかったのだ。しかし、そのままでは少々グロテスクで、人の胸に描いてあるのはどうかと思い、抽象的に描いたところ、「これ、何の絵ですか」と分かってもらえなかった。
 今年は「喫茶店」というテーマがあり、僕はコーヒー農園で豆を収穫する農夫の絵を描いた。なかなか気に入った絵ができあがり、お客の評判を楽しみにしていたのだが、今年の盛岡は五月に入ってからも雨つづきでストーヴをつけるほど寒く、Tシャツ展にやってくる人はまだほとんどないらしい。東京は、もうみんな半袖で歩いている。電話でそんな聞いて、僕はふと、店主の菊池美帆さんが宮沢賢治の童話に登場するような猫になって、さえない寒空をだまって店のなかから見つめている光景を思い描いた。

第77回牧野挿絵01

春の展覧会

 昨日、東京から名古屋へ巡回していた画家仲間たちとの展覧会の会期が終了。今週末からは大阪へ会場を移して展示がはじまるが、作品と一緒に旅をするのが楽しみで企画した展覧会だっただけに、搬入にも行けず、オープニングパーティーも行えないのが惜しまれる。
 春先から渋谷の東急文化村でも展示を行っていたが、こちらも施設全体が休業となっている。明かりを消したくらいビルのなかに、自分の作品たちがいる様子を想像すると、淋しい気もする。みんなでヒソヒソ話などしたり、ときにはキャンプファイヤーなど囲んで、オクラホマミキサーなんぞ踊っていてくれるといいのだが。

青木隼人君の新作

 東京から京都へ引っ越しした青木君が、花屋さんに通って一年間、即興演奏してつくったという新しい「MITATE」というアルバムを送ってくれた。早朝、店で録音したという曲には、小鳥のさえずりなども入っていて、いかにも空間全体を音楽ととらえる青木君らしい。三枚シリーズのこのアルバムをかけて、ボンヤリと画想を練っているのは、心愉しい時間。東京にいたころは「大黒屋」へ行って一緒によく飲んだ。アルバムの感想を伝えるときに、「六時に大黒屋で待っているよ」と言うと、「わかりました。遅れないように行きます」などと笑って返してくれるのがうれしい。

野草茶

 家の近所に生えている野草を茶にしてよくのむようになった。散歩の途中にドクダミ、スギナ、ヨモギなど摘んできては、洗ってほし、薬缶で煮だす。友人から、ブレンドしてもおいしいと教わったのでやってみると、これがまたなかなかおいしい。このあいだは、買い物の帰りに庭のビワの枝を剪定して道に山にしている人がいたので、分けてもらった。どうせゴミにして捨てるなどと言っていた。先端の若葉だけを摘み取って、買い物袋につめこめるだけつめて、ゴワゴワしたのを家まで持って帰った。

(5月10日月曜日)

月金帳 ビワの葉


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