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第106回往復書簡 へんてこクリスマス①

石田千 →  牧野伊三夫さんへ

 土日に降りつづいた雨がやんで、町はしっとりと動きはじめている。
 来週からは、師走。通勤の作法も、ようやく勘をとりもどし、自動改札に緊張することもなくなった。
 夏にワクチンを接種してから、週に3日の通勤、2日はリモートの、ハイブリッド勤務となった。
 復帰にあたっては、部内の空気清浄機を増やしてもらったり、通勤の日にだれかが有給休暇をとって、人数を減らしたり、あいかわらず、いろいろ気をつかっていただいている。お昼ごはんは、会議室でお弁当を食べていいことにも、してもらった。外食は、まだ怖い。それでも、出社できる、みんなに会えるうれしさは、なにものにもかえがたい。
 そろりそろりと世のなかにもどると、仕事のほかにも、さまざま動きはじめて、12月は、そのグランドフィナーレがやってくる。
 ワクチンのあと、いちばんうれしいのは、大ちゃんに会えるようになった。それでも、いまだに部屋を行ったり来たりはしていない。
 会うのは、いまだにお昼の公園。べつべつのベンチで、背をむけてお弁当を食べる。おれは、いろんなひとに会うから、まだまだ気をつけないと。大ちゃんは、とにかく慎重で、ベンチにも、アルコールをシューシューしてから座らせてくれる。ありがたいけど、冬になったら公園は寒いし、どうするんだろう。
 蝉の声をあびて考えていた汗だくの夏がすぎて、秋風が吹いたころだった。
 ……12月で、シマネコやめることにしたよ。
 お弁当を食べて、マスクをつけた大ちゃんは、そういって、すこし黙った。
 それから、よっちゃんのアパートに越したいんだけどと、きっぱりいった。
 うちにふたりじゃ、狭いでしょう。そういおうとしたら、空き部屋が出たら教えてほしいんだといった。これから、店をはじめても、べつべつの時間帯での生活はつづく。それでも、おなじアパートなら、すぐに会える。助けあえる。
 ……よっちゃんは、いやかな。
 ……いやじゃないよ、ぜんぜん、いやじゃない。
 よかったー。大ちゃんは、ふにゃっと笑って、お腹をぽんとたたいた。
 ぜんぜん、いやじゃないよ。うれしいよ。だけど、それってどういうことなんだろう。同棲でもない。結婚でもない、みたい。おなじアパートで生活するふたり。おもしろそうだけど、なんなんだろう。なんとなく声にしないで、見切り発車となった。そしてそのまま、今日にいたる。
 頼まれたとおりに、不動産やさんにいって、お願いした。大家さんにも伝えてもらった。このアパートは、6年いるけど、いまだにだれも越していない。むずかしいんじゃないかと思っていたら、11月の末に、ふた部屋あく。大ちゃんは、気は弱いけど、勝負強い。大家さんも、鈴木さんの彼氏なら安心って、いってましたよ。不動産やさんの社長さんが教えてくれた。おめでとう、よかったねといわれて、歯切れわるく頭をさげた。
 ……うちの左うえと、みぎどなり。大ちゃんのいいほうでいいって。
 どっちにする。間取りのコピーを渡して、大ちゃんの背なかにきく。部屋はうちとまったくおなじ、流しの壁を隔てて対称になっている。
 ……よっちゃんがいやじゃなきゃ、となりがいい。
 大ちゃんは、しかられた子どもみたいに、からだをすぼめていった。
 ……いいよ、もちろん。となりのほうが、たのしそうだし、いいよ。
 つい、棒読みで答えた。たのしい相談のはずなのに、そのあとが、気まずかった。
 来たる12月20日をもって、大ちゃんは、シマネコ運輸を退職して、年内に、シマネコ引越し便で越してくる。おとなりの修繕が終わったら、すこしずつじぶんでも、荷物を運びはじめる。すこしは、手伝えるといいけど、部屋に入れてくれるかなあ。
 会社まで歩くうちに、ひとの背なかが増えていく。みんなおんなじほうに、歩いていく。デートも間取りも、背なかあわせは、やっぱりさびしい。
だけど、バレンタインのころからくらべたら、うんと幸せなはずなんだから。ゼイタクハ、ヨクナイヨクナイ。マスクのなかで、ひとりごとをいって、ポケットから社員証を出す。
 資材部に着くと、シマネコさんが、段ボールを届けてくれたところだった。
 2022年の、わが社のカレンダー。表紙は、干支の寅。かわいすぎて、シマネコ運輸のキャラクターみたいだった。

     (11月26日金曜日) 

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