第144回往復書簡 私信、4時。
石田千 → 牧野伊三夫さんへ
ワクチン初回接種の明けがた、友人たちの夢を見た。カウンターにならんで、ばってら寿司を食べていた。夢のなかでも、ひとりの不在を知っていたことは、さびしかった。
一生いっしょの病気をもって、ごうまんに生きていたことを知った。はじめて気づいたたくさんのこと、どれほど悲しい思いをさせたことか、背が震える。もう謝ることもできない。
まえの晩、さいごと決めて電話をした。留守番電話に声をのこして切った。
万が一、明日なにかあっても、悔いのないように。やっぱり、じぶんの都合ばかりでかけたのだった。
なくした恋は、遠ざかるけど、なくした友情は、生涯はなれていかない。
あたらしい本ができると、いつもことばをかけてくれた。いまは送らないから、本ができると、うれしさよりさきに、さびしい。共通の友人が亡くなったときは、いちばんこたえた。たくさんの、たのしい夏の思い出がある。会うたびに、こころを尽くしてくれていた。ことばや声は届かないけど、大切な友の幸せと無事を祈りつづけることはできる。
ワクチン接種を終えられたら、だんだんと世のなかにもどる。本格的な治療の用意もしていく。いまのままの生活は、むずかしくなるのかもしれないけど、かならず、いまよりは、よくなる。そうして、友情をうかつになくしたこと、信じてくれたひとに応えなかったことは、お医者さんにも治せない。自然に治ることもない。そのことを、忘れずに進む。
決意あらたに準備をして、都庁にいく。もうひとりの大切な友が待っていてくれて、背がまた震えた。たくさんの友に助けられて、いままで、生きてこられた。
二の腕に生きる痛みや送り盆 金町
(9月2日金曜日)
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