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第200回往復書簡 雲をみる、11時42分

 石田千 →    牧野伊三夫さんへ 

 冬空になった。
 雲は、左からみぎへ、旅していく。
 見送ると、息が深くなる。おととい気づいた。せわしなく動いているとき、たちどまり、見あげる。雨の日は、ベランダで揺れる葉っぱを見る。みんな、すこしも、おなじところにとどまってはいられない。
 あたらしい薬をのむようになって、3週間。さいしょの薬は、残念ながら、血圧があがってしまって、あわなかった。お医者さんと相談して、ほかの薬を試していきましょうということになった。
 きょうで3日め。血圧は、まえのよりは、いいみたい。夜ではなく、朝のめる薬なので、よかった。夜中に目がさめる回数が、減った。
 からだと、こころと、治療、おりあいがつくといいなあ。
 雲をみあげる。
 メンタルクリニックにうかがうのは、はじめてではない。さいしょは、高校3年生のときだった。大学に受かった翌日から、たべものがのどを通らなくなった。よい先生と出会い、長く見守っていただいて、日常にもどっていくことができた。先生はもう、病院はやめてしまわれたけれど、いらい、そのとき処方していただいた薬を、かかりつけの先生に出していただいて、お守りのようにして生きてきた。
 今回、あたらしい薬の効果は、数日してわかった。
 朝、目がさめて、毎日さいしょに思ってきたこと。
 こわい。
 その朝は、まったく感じなかった。びっくりした。
 どんなふうか、説明してみると、青空に雲が浮かんでいる景色のパズルがある。そのなかの、ひとかけ、こわいというピースが、すとんと抜け落ちた。そんなふうだった。ああ、この薬の効果はこれなんだ。それはそれは、ふしぎな感触だった。
 ひとつ欠けたところに、なにがおさまるのかな。
 よろこび、愛、感謝。心配をかけているみなさんに喜んでもらえるような、あたたかなピースになるといい。

  冬晴れや旅の友よりメールあり   金町
  (10月27日金曜日)

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