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第220回往復書簡 くるみ、10時と3時

石田千 →  牧野伊三夫さんへ

 牧野さん、よい歌をきかせてくださって、ありがとうございました。
 視線のひとつひとつ、ゆったり描かれていて、訪ねたことのない土地に、いま立っているみたい。そうして、牛窓に暮らす若いひとたちの、ぼそぼそとした声、なんでもない会話もきこえました。
 ハルカナカムラさん、すてきですね。
 帰省からもどって、だんだん、せわしなくなってきています。
 実家にむかう飛行機が、視界不良で着陸できず、羽田にもどってしまいました。午後からは天候回復の見込みときいて、大荷物をもって空港を走り、夕方のきっぷをとりなおしました。1日に2回、おなじ空港をめざしました。
 手荷物検査を再び受けたあとは、ゆっくりしていました。いつもはあわただしく、母の好物のチョコレートくらいしか買えませんが、今回は、鯖寿司とか、ドライフルーツのいっぱい入ったおおおきなパンとか、おせんべも追加できました。
 検査をすませたあとの、ショッピング通りが好きです。伊勢丹があって、おいしくて洗練されたお菓子が、置いてあります。そこで海苔せんべいと、和菓子を買います。ご近所さん、親せきのお土産も買えました。
 帰省して、いちばんのたのしみは、10時と3時に、かんたんなコーヒーをいれて、母と東京みやげのチョコレートをつまむこと。
 母はおもしろくて、甘いものを食べたあと、かならずしょっぱいものも食べます。だから、チョコレートと海苔せんべいは、かならず。
 母のすわっている椅子のすぐわきに、プラスチックのひきだしがあって、お茶っぱ、のどあめ、筆記用具、いろいろはいっています。
 そのなかに、手のひらにのるくらいの、ピンクの缶かんがある。なかには、ミックスナッツと、柿の種が入っています。配合は、母のオリジナルブレンド。
 このあいだ、ふたりでスーパーマーケットにいったとき、ミックスナッツの売場で、ひとつひとつ吟味していました。それで、どれも、くるみが多いから、買わないといいました。べつのドラッグストアで買うからいいとのこと。
 くるみが苦手と、知りませんでした。
 パンに入っているくるみは、いいそうです。そうして、最近のミックスナッツは、くるみの割合が増えている。これにも、なにかしら貿易の問題があるのかもしれないと教えてくれました。
 なんでもない、母と娘の会話。

  春の雪10時3時のチョコレート  金町
  (4月12日金曜日)

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