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第110回往復書簡 へんてこクリスマス第3回

石田千 → 牧野伊三夫さんへ 
 
 おつかれさまでした。きょうは、全員、定時に仕事を終えた。みんな、うれしそうな顔をして、帰りじたくをしていた。
 駅について、スーパーマーケットに寄って、ちいさなシャンペンを買った。クリスマスと、本日おとなりさんになった大ちゃんの引越し祝い。ふたりとも、そんなに強くないから、上等な赤ワインは買ってあるから、いちばんちいさな瓶で、じゅうぶん。あとは、帰って、きのうの夜に作っておいたシチューをあたためればいい。
 引越しの手伝いは、いっさいしなかった。ほこりは、ぜん息によくないし、荷物はすくないし、シマネコ運輸のおまかせセットを頼んだから。お昼には、ベランダの壁もはずれるから、よっちゃんは、帰ったらベランダからうちにおいでよ。きのう準備にきていた大ちゃんは、うきうきしていた。
 うちのドアのまえ、となりの部屋に明かりがついている。ブーン、換気扇もまわっている。ほっとした。
 部屋に入って、着がえて、手洗い、洗顔、うがい。ちょっとお化粧をしてから、大ちゃんに電話する。
……おかえりなさーい。ベランダにいるからねー。ちょっと厚着してきてねー。
 それで、フリースの上着をかさねて、マスクして、サンダルばきでベランダに出る。ひろびろした。それよりなにより、部屋の境に、こたつテーブルが据えてあった。いらっしゃいませ、ビニールくぐってはいってね。大ちゃんがおいでおいでする。
 さしむかいのこたつのまんなかは、ちゃんとアクリル板がある。ちいさなツリーとろうそくもある。ふたりの背後は、ビニールカーテンがかけてある。防寒対策ばっちりになっている。
 ……ここで、ごはんなの。
 ……そうだよ、つまみとグラスは用意したから、よっちゃん、のみものとシチューおねがいします。
 わかった。シチューをあたため、おさけをはこび、マスクをとって、むかいあう。大ちゃんの前菜プレートは、さすがの彩り、うつくしい。
 メリークリスマス、引越しおめでとう。メリークリスマス、どうぞよろしくお願いします。
 ひとくち、シャンペンをすするなり、はいクリスマスプレゼント。大ちゃんは、ピンクのばらを1本くれた。
 もう交換するの、ちょっと待ってて。立ちあがろうとすると、大ちゃんは、いいんだ、そのまんま、すわってて。じつは、ことしのプレゼント、ものじゃないんだ。
 そうなんだ。どきんとする。
 ……プレゼントは、旅のご招待です。ふたつのコースが選べます。
 旅か。どきんは、まちがいか。
 まず、ふたつのコースの共通の説明です。来年、わたくし大輔は、半年間、小伝馬町のタツヤのコーヒーショップで、夜に料理とおさけを担当することになりました。しばらく飲食から離れたからね。トレーニングです。
 ……そうして半年後、わたし大輔は、タツヤの店のそばで、物件をさがして、お店を出す。小伝馬町なら、よっちゃんの会社からひと駅だし、帰りに寄っていけます。おいしいごはん、おさけ、お約束します。これが、Aコース。
 ……はい。
 ……つづいて、Bコースです。これは、けっこう壮大な旅。半年後までは、おんなじ。それで、半年したら、わたくし大輔は、よっちゃんの実家の近所に引越して、しばらく港でアルバイトをします。それから、港のそばで、地元の食材を使ったビストロを開店する。よっちゃんが、こっちのコースを選んで、いっしょに来てくれるなら、仕事を変えなきゃいけなくなるけど、お母さんのそばで暮らせる。お母さんが、ひとりじゃなくなる。
 現状維持をとるか、大変化をとるか。期限までは半年あるから、ゆっくり考えて選んでください。
 あたまのなかで、いろんな音がなり響く。ジングルベル、除夜の鐘、港の汽笛、タツヤくんの大好きなボクシングのゴング。それから、大ちゃん、これいうの、練習したんだろうなあ。でも、どうしても、声に出さずにいられない。
 ……大ちゃん、きいていい。
 ……なんでしょう。
 ……Aコース、Bコース。わかった。お母さんのことも、考えてくれて、ありがとう。だけど、わたしたちは、こんまんま、おとなりさんの、まんまでいるのかな。
 ああ、なりゆきにできない。母の教えが、がらがらと崩れる音がする。
 シャンペンの泡は消えている。大ちゃんは、太い眉毛を、きゅううと八の字にしてうつむいた。

 (12月28日火曜日)


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