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第216回往復書簡 鉢植え、7時40分

石田千 →  牧野伊三夫さんへ

 あたたかい朝。カーテンをあけて、すぐ目が届いた。オリーブの植木鉢のうえに、ちいさな草の芽を、たくさん見とめた。
 きのう水やりをしたときは、ひとつもなかった。土のまんまだった。ひと晩のうちに、ちいさな地面の三割ほどがみどりになった。いのちの速度は、手品のようだった。
 毎年のびるものなら、クローバー。クローバーは、抜くと種がこぼれて、かえって増えるときいて、抜かずに枯れるのを待つようにした。ことしの勢いは、どうかなあ、オリーブに水が届かなくなると、こまるなあ。来月には、オリーブに花が咲く。また、蜂がくる。寝坊ができなくなる。
 きれいな若草いろをながめて、気もちはだんだんうつむいた。
 4月から、遠出の仕事が増える。いままでは、週にいちどだった。それが、週に3日になる。
 通いきれるかなあ。こころぼそいけれど、あたらしい経験の機会を与えていただいたことが、ありがたく、うれしい。長すぎた巣ごもりのあいだのご恩を、すこしでも返せたらいいと思う。
 このごろは、やったことのないパソコンの作業に、おっかなびっくり。スクリーンショットをはじめて覚えた。毎日通勤されているかたがた、パソコンを使っているかたがたは、プロフェッショナル。あらためて尊敬する。そうして、定年まで勤めた父も、ほんとうに偉かった。
 いま、うつむいて、字を書いていて、鼻水がつーと流れた。
 きょうは、いい陽気。花粉もはいってきたんだなあ。
 あたたかくて、しめっていて、草が萌え出て。せわしないような、のんきなような、あれこれやっているのに退屈なような、宙ぶらりんの気分は、中学を卒業して、高校にはいるまえの春休みによく似ている。

  春眠をあきらめ春憂とどまれり    金町
  (3月8日金曜日)

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