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第177回往復書簡 喜久乃湯

牧野伊三夫 →  石田千さんへ

 来月は個展がふたつ。アトリエにこもる日々である。
 朝散歩をしながら画想を練っていて、どうにも気分がのらず、甲府へ行ってみようと思い立つ。カンバスと絵具、一日分の着替えをもって列車に乗る。
 到着して、駅前のホテルで電動機式自転車を借り、丸政の山賊ハーフの冷やしそば、アキトでアイスコーヒーを買って御崎社へ。ボンヤリと空を眺めて一服していたら、龍の形の雲が現れたので携帯のカメラをとりだして撮影しようとしたら、消えた。太宰はここでどんなことを考えていたのだろう。いつも来ると思う。
 喜久乃湯へ。ご主人に、お湯からあがって二階の広間で絵を描かせていただくお願いをする。源泉掛け流しのぬるめの湯船に入っていると気持ちよくて、うとうとしてきた。水風呂と交互に、ゆっくり入る。
 番台でコカ・コーラを買って二階へ行き、絵にとりかかる前に、籐の枕で昼寝をする。温泉に長湯をしたせいだろう、本格的に寝入ってしまったなと起きあがってイーゼルを立て、カンバスをとりだして木炭を走らせていたら奥様が二階にやってきた。ご主人と番台を交代する時間だ。ご挨拶をすると、そのあとご主人がやってきた。二人とも甲府を拠点に活動するアーティストだ。今年の夏に山梨県立美術館に出品する作品を見に来ないかというので、筆を置いてご自宅のアトリエにおじゃますることにする。そこにはベニヤ板にアクリル絵の具で彩色した、巨大な立体作品が天井から吊るしてあった。すごい迫力である。僕は自分の絵のことなど忘れて、過去の作品など見せていただいて話をしていると夕方になった。帰り際、階段をのぼって銭湯へ続く通路でご主人がだまって手をすっとのばす。その方を見ると町の向こうに富士があった。
 さて、絵の方は、もうこのへんであきらめよう。
 身延線で酒を飲みに豊鮨へと向かうことにした。
 (4月17日月曜日)

生活工房展 案内チラシ

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