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第102回往復書簡 土偶の目、23時40分

石田千 →  牧野伊三夫さんへ

 牧野さん、ご帰省できて、ほんとうによかった。おめでとうございます。
 こちらは、あいかわらずの毎日。来週は、病院があるので、買い出しを多めにしています。
 せわしない一日がすぎ、アイロンをかけ、歯をみがき、顔を洗って、化粧水と乳液を塗り、目薬をさして、寝巻に着がえたら、もう手を洗わなくていい。ハンドクリームを塗る。
 寒くなって、また手荒れがひどくなった。なにをするにも、手を洗う。必要以上に、洗ってしまう。
 ハンドクリームは、料理人の友人のおすすめを使っている。1週間に、チューブひとつ、使い切る。
塗るものは三種類あって、治りかけの傷はかゆいので、シーブリーズを吹きつける。しみるので、奥歯をかむ。そのあとは、編みものの、やっちゃん先生にいただいた、よもぎのオイルを塗る。さいごに、ハンドクリーム。そのうえに、綿の手袋をはめて寝る。
 眠っているときだけ、手洗いから解放される。夜中にトイレに起きても、三段階は、欠かせない。
 もともと皮膚は丈夫で、手のひらは傷まない。ただ、消毒用アルコールのアレルギーがある。飲むのは、平気なのになあ。
 手の甲、指、手首のまるい骨のところが、ひからびて、切れる。血が出て、止まると、厚ぼったい、土偶の目のような傷あとになる。
 家では、手洗いばかり、外出すれば、アルコールにさらされる。手は、裸で、矢面に立つうち、傷だらけの鎧のようになった。
 左に、6。みぎには10、土偶の目は、寝ているような起きているような薄目で、闇に浮かびあがる。フリーダ・カーロなら、この手を絵にしたかな。縄文時代のひとも、手が荒れたかな。この手にも、そのうち光は届くかな。
 寝ころんで腕をのばし、ありがとう、ごめんね。
 手袋をはめて、靴下はいて、ふとんのうえでストレッチをする。ふとんをかけて、ガーゼのハンカチをまぶたにのせて、すぐに眠る。
 
  闇の世に手袋はめて眠りおり   金町

  (10月29日金曜日)

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