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第52回往復書簡 目のなか、16時28分

石田千 → 牧野伊三夫さんへ

 いつもより30分はやく出られて、いつもとちがうコンビニものぞいて、おにくやさんに歩く。
 水曜日は、検査があった。お医者さんのさいしょの見たてより、よくなかった。もうひとつ、検査が必要。もうひとつ、薬も増えた。飲みはじめて、ふつかめ。けさ鼻血が出たのは、薬と関係あるのかな。検査の設備のあるところには、電車にのっていく。半年以上ぶりの遠出になる。気がかりをしょって歩くと、寒さがおだやかで、ありがたい。
 水曜日は、真冬のような北風が吹いた。うなだれて、おなかも痛くなった。それなのに、病院のなかに一歩はいってしまうと、おさまる。
 病院のかたがたが、不安がすくなくなるよう働いてくださっている。ひとりきりじゃなくなる。さっきまで、いちばん怖いとおもっていた場所で、さっき歩いた道よりずっと、安心している。
 順番を待ちながら、沖縄の台風の晩を思い出していた。
 那覇に着いたら、明日の夜は台風直撃と知って、スーパーマーケットで食べものとおさけを買いこんだ。
 当日は、雨降りだけど、そんなに荒れてはいない。それでも、バスは午後から運休、道には土嚢がつまれ、お店は午後から店じまい。夕方が近くなって、あいているおそばやで簡単な食事をして、それでもまだ雨は降らない。道には、もうだれもいない。なまあたたかい風とすれちがいながら歩くと、閉めているお店から、笑い声と三線がきこえる。はやく備えて、酒盛りをしているのかな。
 そんなお店をいくつも見て、非常時なのに、うらやましかった。ホテルで買いこんだおさけと食べもの、テレビを見るうち、寝てしまった。風に起きることもなかった。目のなかで、ふかく寝ていた。翌日の那覇の町は、おおきな被害もなく、けろりとしていて、よかった。
 呼ばれて、検査室に入る。いれかわりに出てきたのは、小学校の帽子をかぶった女の子だった。待合室にいらした女のひとは、きっとお母さんだった。
 検査技師のかたが、とても明るく、励ましてくださる。機械に横になると、天井に青空の絵がかいてある。ヘッドホンをすると、大音量で、いろんな機械の音がする。前衛の打楽器の曲だなときいているうち、寝てしまい、あきれた。
 そんな水曜日を終えて、きのうはあれこれ、もやもやとすごした。
 それでも、金曜日になれば、おいしいものを買って、おにくやさん母娘とおしゃべりできる。
 神社のまえで、おなじアパートのおしゃれなおねえさんとも、ばったり会えた。がんばりましょうね。いつも、いいあう。きょうはことさら、うれしいひとこと。

  だいこ炊く十三日の金曜日  金町

  (11月13日金曜日)

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