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第53回往復書簡 木の枝の掛け具

牧野伊三夫 → 石田千さんへ
 
 雑木林や公園を散歩して、木の枝が落ちていると拾って家に持ち帰る。枝が分かれているところを切り取って、掛け具を作るのである。枝の分かれ目のところはとても硬くて丈夫なので、昔から囲炉裏に鍋や鉄瓶などを吊るすための自在鉤に用いられたりする。いつだったか、縄文式住居の復元をのぞいたときに、枝の分かれ目が掛け具として用いられているのを見て、木のぬくもりというか、自然の姿を家の空間で見られるのはいいなと思った。
 今年の春頃から家にいる時間が多くなったから、かねてより作ってみたかった木の枝のミトン掛けを作ってみた。分かれ目のある木の枝をノコギリで五センチほどの長さに切り、さらに壁に取り付ける面を平らに切る。それをナイフで丁寧に皮をむいて削り、少しずつ形を整えていくのだが、この作業が楽しかった。鉛筆を削って円錐形にしていく単純な作業とは違って、小さな木の彫刻を彫っているような感じなのだ。静かに集中してナイフを動かしていると、削りあとの美しさにうっとりとしてくる。僕はふと、人間には「木を削りたい」という欲求があるのではないかと思うのだった。いい形になったこころで最後にドリルでねじ穴をあけ、ニスを塗ったら完成である。
さっそく台所へ行って、それまでミトンを下げていた釘をぬいて、この手製の掛け具を漆喰の壁にとりつけてみると、削った木の表情が可愛らしくて、なかなかいい雰囲気であった。
 これに味をしめて、帽子掛けや浴衣掛け、箒掛けなども作っていると、そのうちに面白くてやめられなくなった。やがて、拾った木の枝の必要な部分だけ切るのに小型の携帯ノコギリをウエストポーチに入れて散歩に行くようになった。たびたびに小枝を拾ってくるので、アトリエの片隅にビーバーの巣のような木の枝の山ができていき、さらに作業をもっと効率よくやろうとホームセンターで万力も購入して設置したところ、ちょっとした工房のような雰囲気が漂った。ひとつ「牧野フック堂」などという屋号なんぞ名乗って、ロゴマークやラベルなどもこしらえ、どこか雑貨店にでも売り込みに行ってみようか。いや、なじみの喫茶店のレジ横で小さなビニール袋に詰めて売られている手作りクッキーの脇に置いてもらおう、などとどんどん夢がふくらんだ。だけど実際にやって、売るために作るようになってしまったら、きっと楽しめなくなるに違いない。こんな妄想を楽しみつつ、誰かにプレゼントするくらいが僕にはちょうどよいのだ。

  (11月20日)

木枝の掛け具挿絵 月金帳

木枝の掛け具 写真


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