第214回往復書簡 電話、16時半
石田千 → 牧野伊三夫さんへ
携帯電話、こわれてしまった。あした、スマホ買ってくる。
きのうの夕方、こころぼそい声をきいた。朝いちばんに、予約をしたという。
母の持っていたのは、もともと父のものだった。父が亡くなって、名義を変更してつかっていた。古い機種だから、修理の期間はきれていた。
母は、よほどのことがないかぎり、電話をかけてこない。
ひとりっ子だったから、そんなにひとと会ったり、おしゃべりしないでもへいき。週にいちどは、洋裁教室もあるし。そんなふうだった。それから、いそがしい子どもたちの、じゃまをしてはいけないと、もちろん思っている。外出も誘われたら出かけているので、携帯電話は、いつまでたっても、不慣れなまま、おっかなびっくり使っていた。
高齢者むけのスマホがあるから、選んでもらうといいよ。お店のひとは親切だから、大丈夫だよ。
そういって励ましつつ、お正月にいっしょにいって、こわれるまえに変更しておけばよかった。苦手で、こころぼそいことを知っていたのに、地震や津波で落ち着かず、ひとりで行かせることになった。いいわけして、また悔いた。
朝夕、母に電話をかける。だいたい毎日かける。
毎日になったのは、ゴンチチさんのラジオのおはなしをきいてからだった。
母より高齢のお父さまが、おひとりで生活されているから、毎日電話をかけるとおっしゃった。それをきいて、一日おきを、改めた。
そののち、おなじ番組で、お父さまは亡くなられたと知った。愉快なおはなしをされていても、声はまえより沈んでいるようにきこえた。あんなにこころを尽くされても、かなしみは残る。胸がいたんだ。
毎日、おんなじようなことをはなす。
おかず、たのしかったテレビのこと、洋裁教室のこと、大谷翔平選手のこと、政治家のこと。
また明日の朝、かけるね。電話をきるとき、母の声が、すこし沈むことがあって、さびしくさせている、申し訳ないと思う。
きょうは、朝はやくにかけて、気をつけてといった。そののち、2時になっても、家の電話はつながらないので、買いものに出て、夕方になって、またかけた。
開口いちばん、たいへんだった、ことばがぜんぜんわからなかった。くたびれた声でいった。
とりあえず、電話をかけること。かかってきた電話を受けること。それだけできるようにしてきた。あとは、説明書を読みながらゆっくりやるといいたので、それだけできればじゅうぶんです。おつかれさまでした。
携帯電話のお店は混んでいて、若いかたが担当してくださった。お客さんのなかには、お年寄りもいた。ずいぶん待ったけど、時間がかかるときいていたから、ゆっくりしていた。若いかたが、どんどん手続きをしてくれて、そのかたの手が、しろくて、きれいで、手の動きばかりを見ていた。そのようすは、見えるようだった。
そのあと、かけたり、かけなおしたり、2回練習して、きょうはもう、ゆっくり休んでねときった。
ひとまず、緊急連絡は、確保された。
84歳のスマホデビュー、たいへんりっぱなことと思っています。おめでとうございます。
春浅し携帯ショップの待ち時間 金町
(2月16日金曜日)
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